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2009/11/03first
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醜く汚い世界をそのまま愛する少年と死に場所を探すひとりの魔術師が救われた話。
※観測者の視た泡沫の続き




 まずは私の話をしよう。
 大英図書館の大魔術師、東洋の産んだ神秘、秘匿されたサフォー。頓に大げさな肩書を擦り付けられたものだが、そのすべからくは皮肉のようなものだ。
 世間が言うところの大魔術師ではない。実際はただの無知無益な臆病者だ。
 天才というには程遠く、秀才というには要領が悪い。私にあった才能といえば、ただ努力し研鑽を詰む、というひとつしかなかったように思う。
 それでも若い頃には野心があった。高名な人物になり、後世に何かを遺せる人間になりたい。そんな青臭いが眩い夢を抱いていた。その夢は叶ったのだろう。ただ、この両手には何も残らなかっただけのことだ。

「ユタカくん、落ち着きはったそうですよ」
 リューカと名乗った彼が声をかけてくれる。柳腰で柔和な微笑を湛えた青年の姿をしている。
 ああ、そうだ。着替えを借りたついでに中座していたのだった。
「ああ、ありがとう。熱と脈拍はどうだろうか」
「どっちも落ち着いたもんです。気持ちよさそうに寝てはりますわ。咲さんがあなたのおかげや言うてました、ドクトリン・サフォー」
「ドクトリンか。懐かしい響きだ。そうか。君は私のことを知っているのか」
「そらヨーロッパ圏のうちらみたいなもんは知っとります。フラメールの悲劇の英雄とこないなとこで会うとは思いませんでしたわ」
 フラメールの悲劇。その響きはいつも私に頭痛を連れて来る。
「その呼び方はよしてくれ……。失礼、こちらの社は全面禁煙だろうか。少し頭を整理したい」
「携帯灰皿持ってはります? やったら構へんと思いますよ。佐伯さんもヘビースモーカーやさかい、今は瑠那ちゃんのために禁煙しとりますけど」
「はは、彼が妻子のために禁煙とはね。昔は割れたガラスの欠片よりも尖った少年だったが、人は変わるものだ」
 メンソールタイプの軽い煙草を咥える。使い古したジッポがきん、と高い音を立てた。一息吐くと輪を描いた煙が夜空に溶ける。
 妊婦のために喫煙。独り身には肩身が狭くなる話だ。ヨーロッパを回るうち豊くんは、この紫煙を肺に入れる方法もアブサンの飲み方も覚えてしまった。そういう観点から評したとき、私はやはり人の親に向いていないのだと痛感する。
「この庭は良いな。華美ではないが花がある。忍冬、山姫、そちらの香りは桃仁か。良い薬になる」
「ここのお姫さんはよう外に出られんさかい、いろんな花が集まっとくるんだそうです」
「姫のための庭か。フラメールの庭園を思い出すな。生憎、私は薔薇の品種には疎くてね。何が咲いていたか思い出せないんだ。いつも甘い匂いがして、茶会ができるほどのガゼボがあったのは覚えているんだけど」
「確かフラメールにもお姫さまがいはったんでしたか?」
「姫というより聖女だがね。ジャンヌ・ダルクではなくマリアの方だ」
 フラメールとは連綿と続く錬金術師の名家だ。正確には名家だった、というのが正しい。
 本籍地はフランス。魔術師や錬金術師の存在が秘匿され始めた現代に置いても、一定多数の弟子や留学生を抱える一家だった。私はそこの留学生だった。もう20年も前の話だ。
 私には2人の友がいた。
 ひとりは私と同じ留学生。とはいっても、彼に魔術師の才覚はほとんどなかった。実家は京都の旧家だが、その筋の血が絶えて久しい一族の末裔だった。それでも形骸化した地元の名士の名前だけは残り続け、20歳の若さで婚約者も将来も決められていた男だ。それでもひた向きで、実直で、朗らかに勇敢で……馬鹿な男だった。
 私はそんな男を憐れんで、せめて大学生活の1年間を自由にさせてやりたくて留学に誘ったのだ。それがすべての始まりだとも知らずに。
 もうひとりは留学先のフラメール家で出会った男だ。先の男とは対照的に、魔術師としても錬金術師としても一級足り得るフラメール家の生徒だった。対照的ではあったが境遇だけはやたら似ている2人だった。彼もまたフラメール家の一人娘に婿入りし、その一生を魔術と錬金術に費やすことを誓っていた人間だった。皮肉屋で、懸命で、誇り高くて、誰もが認める秀才で、やはり馬鹿な男だった。
 同い年の私たちは度々、衝突しては不器用に仲直りを繰り返した。私の青春というものはきっとすべてあそこに置いてきてしまったのだろう。喧嘩をしても楽しい日々だった。
 そんな3人は馬鹿の一つ覚えにひとりの女性に恋をした。件のフラメール家の一人娘だ。
 もっとも、私と同郷の友にとっては、恋をした傍から破れたはずの想いだった。彼女は既に友ひとりの婚約者だったのだから。
 彼女にとっては親が勝手に裁定した結果の婚約だったが、魔術師や錬金術師の家とはそういうものだ。神秘の究明を使命に掲げる名家は、より有能な血を家に入れなくてはならない。魔術師や錬金術師の家系とは、今も尚、そんな風習は昔事ではないのだ。
 それでもフランスの友の方は、そんな彼女に惚れ抜いていたのだ。金の髪、青い瞳、白砂の肌、白魚の指。どこを切り取っても絵になるような、そんな婚約者を私たちに自慢しては毎日、花を贈っていた。
 対して彼女の方はというと、色恋というものをよくよく理解していなかった。幼い頃から家に尽くすため婚姻を結ぶ、と教育をされていたのだから当然といえば当然と言える。彼女は婚約者から贈られる薔薇の1本、1本を「そうするように躾けられた義務」だと認識していた。何とも一方通行な話であるが、フランスの友もフランス人のくせに愛の伝え方が下手だったのだ。責められはしまい。
 その彼女を変えたのは、留学生の友の方だった。彼はその勇敢さと朗らかさで、彼女に他愛もない悪戯を教えたし、分厚いハムが挟まったサンドイッチを手で食べる方法を教えたし、草笛の吹き方を教えた。出会った当時はフランス人形をそのまま人間にしたかのようだった彼女が、その頬を染めることが多くなった。
 けしてよろしくはないズレ。よろしくはない過ち。
 ひとり、彼女への想いを早々に我が身から切り離して俯瞰していた私は、その危機感を知っていた。知っていたが、色づいていく彼女の世界を壊す勇気もなく、ただ運命に身を任せただけだった。
 さて、フラメールにも姫がいたとリューカという青年は言った。
 良い例えかもしれない。もっとも、彼女にここの柱の姫ほどの重要度は、本来なかったはずなのだが。
 神秘の究明を欲する錬金術師が、究明に飽き足らず、神秘を創造しようとする事件は実は珍しくない。
 もちろん、それらのほとんどは非合法と定められている。所謂、禁呪と呼ばれるそれだ。大問題なのが禁呪そのものを取り締まる法がひどく緩いという一点にある。何故ならば、禁呪の成功例は様々な方面に置いて重宝されるからだ。厳粛に取り締まるべきだと主張する一派とそれでは現代の魔術や錬金術は死にゆくだけだと憚らない一派が常に睨み合っているのが実情である。
 早い話、当時のフラメール家でもこの禁呪のひとつが実行されていた。当然ながら秘密裏に。
 内容を例えるのなら、聖書の再現とでも言うべきだろうか。ようは一人娘の彼女を要に疑似受胎告知を起こし、一族の『神の子』を造りあげるという度し難いものだ。フラメール家にとっては一人娘も、フランスの友も、一家繁栄のための部品のひとつに過ぎなかった。
 それでもフランスの友はそれを是とした。錬金術師の家とは、誇りとは、そういうものだからだ。そう幼い頃から教育されてきたからだ。悲しい話であるが、そういうものでなければ彼の高名な錬金術師たちは賢者の石の存在にさえ到達できなかっただろう。
 義憤したのは同郷の友だった。さもありなん。彼は普通の感性を持つ正義漢だった。
 彼は恋をした。そして彼女もまた彼に恋をした。恋を知ってしまった。
 そうして儀式が行われるその日、彼は彼女を攫ったのだ。地下の彼女の牢獄から、彼女と手を取って逃亡した。
 私か。私はそれを多少、手引きした。私は友ほどの熱量を持てなかったが、それでも結構まっとうに人道的であった。だからそうした。なんという無知、なんという傲慢。
 疑似的な受胎告知を行うにあたり、フラメール家はその本家を中心に大規模な結界を張り巡らせていた。より簡単に言えば、結界内の生体エネルギーを少しずつ吸い上げ、柱の中央にいる彼女に注ぎ込むという手法だった。
 さて、考えてもみてほしい。膨大なエネルギー量が集積する儀式において、ど真ん中でエネルギーを吸収する先であるはずの柱を引っこ抜いたらどうなるか。
 集積したエネルギーは逆流し、吸収される先もなく、津波のように結界の内外を蹂躙した。かろうじて、いち早く気がついた私に出来たことは少ない。次元誘導、実体幻覚免震、力場調整、結界の再構築による強制静止。若造が持てるすべての知識技術をありったけ。
 たかが20の若造が足掻いただけだ。結果として、死者は100名を超え、重軽傷者はその倍。その死者の中にはフランスの友の名も含まれている。その土地一帯は数十年、草木が生えることもない死の土地になった。これが俗にフラメールの悲劇と呼ばれる事件の真実だ。
「すべてフラメール家の人間が元凶、と断じてしまえば易いのだがね。残念なことに大人の社会ではそうもいかない」
「ままならんもんですなぁ。大英図書館に入ったのはその後でしたか?」
「その通り。ただ入ったというのは正しくない。魔術師の金字塔、大英図書館が事態を重く見た。そして生き残りである私に責任を取らせようと召し上げたのさ」
 諍いや論判の矛を収めさせるには、いつでも効果的な方法が2つある。ひとつは悪者を造り上げてしまうこと。もうひとつは英雄を祀り上げることだ。
 奇しくも大英図書館は後者の方法を取り、その対象に私が該当した。それだけのことだった。
「結局、逃亡した恋人2人の行方を追うことができたのは10年ほど経ってからだ。その結果も惨いものだったがね」
「逃げ切れなかったんです?」
「さて、現場にいたわけではないので何が作用したのかはわからないが……。2人の死に顔は安らかだった、という報告者の気遣いが有難くて涙が出た」
 私は所詮、創造された英雄に過ぎないのだ。野心が叶ったというのに、我ながら救えない話である。
「数多の人間が私の友を責め立てたよ。人道的な魔術師はフランスの友を責め、根底からの魔術師は同郷の友を責めた。私にとっては同価値のものを勝手に責め貶められる苦痛は、つらいものだ」
「何があっても友は友、いうことですか」
「あの2人が何をした? ひとりはただ恋をした。ひとりは錬金術師の誇りに殉じた。ただそれだけだ。私はね、彼らの決断と行為に今でも尊敬の念を抱いている」
「どちらも、ですか?」
「ああ。確かに解せない部分はあろうさ。私だって今でも彼女を犠牲に払う選択肢を解することはできない。しかし、どちらの行いも覚悟がなければできないことだ。自分のすべてをふいにしてしまっても、という覚悟が」
 それが私には未だに眩しく、崇高なものに見えている。私にはどちらを選ぶこともできなかったのに、彼らは選んでみせたのだ。こんな男が持つ野心なぞ、なんとちっぽけであっただろうか。まったくもって笑えない。救えない。
「何故、その後、大英図書館も出奔したんです?」
「フラメールの悲劇が収束化し、私の役目も終わったんだ。英雄という名の人身御供がね。それからは風来坊さ」
 私の手には何もなかった。空っぽな二つ名だけを抱え、流浪するだけのあてどない旅が始まった。あてもなく、信念もなく、困った人に手を差し伸べた。贖罪にもならない贖罪だ。しかし、そうでもしなければ生きる意味すら見えなかった。
「……そないな御方が、どうしてあの少年に?」
「疑問はもっともだが、まったくの偶然と答える以外の術を私は持っていないな」
 魔術師とは因果律の法則を否定できない生き物だ。起こり得ることは常に必定。しかし、その仕組みは所謂、風が吹けば桶屋が儲かるという類のそれだ。私ごときでは何の縁かと探り当てることは難しい。
「不可思議な存在。その一点に尽きる少年だったな。何しろ、人としての軸が傾いでいる。それでいて神霊に等しい力が継接ぎのように人としての構成を許している。結果として、人と怪異と神の合間を彷徨うものに成っていた」
「……」
「何の天啓や感慨があったわけではないのだがね。手当たり次第に人助けをしながら死に場所を探す世捨て人には、放って置くという選択肢はなかったのさ。それがちょうど一年前、アテネの小さな博物館での話だ」
 長話をした気分だが、ちょうど煙草がフィルターまで燃え尽きるまでの時間だった。携帯灰皿に零れる灰を押し付ける。
「私が生きる意味を問うたとき、あの子は何と答えたと思う?」
「難問ですなぁ。あの年齢の少年は難しい年頃やから。生きる中で見つければええ、とかですか?」
「そんなものはない、と言ったのさ。生まれたいと願って生まれてきたわけではないのに、生まれた意味まで押し付けられたのでは割に合わない話だ。とね」
 目が覚めた気分だった。寝入り際で半分うとうとしながら、私の半分も生きていない少年は確かに私を救ったのだ。
 もっとも、当人にそんな自覚はあるかどうか、いや、ないだろうな。あの様子では。
「まあ、そういうわけだ。詳細はこの社の方々にも説明する必要があるだろうな。ただ、何が転ぼうと私はあの子の味方であり続けると約束しよう。たとえ、あの子に嫌われることがあったとしてもね」
 要するに私は特段に君たちと敵対する意志はない、と付け足せばリューカはほっと肩の力を抜いて破顔した。いやはや、イタリアの街道を歩けば四方八方から花が舞いそうな華やかさだ。
「それを聞いて安心しましたわ。いや、堪忍ですわ。わしもね、何があっても味方になっておりたい女の子がおるんです」
「ふむ、恋人かい?」
「そうです。特別べっぴんさんやさかい、ドクトリンさん口説かんといてくださいよ?」
「安心していい。口説いたとして、こんなアラフォーの独身男は相手にされんよ」
 冗談交じりの笑いを誘った後、リューカはふと真顔になった。笑うと華のある美人だが、真顔になった瞬間は麗しい男性だ。
「教義する青玉(ドクトリン・サフォー)。できればあの子らの、ここん家の人らの力になったってください」
「私に大した力はないさ。期待するだけがっかりすると思うが……。自分で決断した役割は担うと誓うよ」
 そろそろ戻ろう、と言うと私たちは連れ立って歩き出した。虫と鳥の鳴く声の中に、かすかにジムノペディの余韻が残っている。100余名を奪った手が、ひとりの少年を救うに値するのかどうか。私は希望を捨てきれないでいる。
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