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2009/11/03first
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【一、霊桜の碑(中)】
 

「ただいまー」
「おかえりなさい。早かったのね」
 銀が帰ったとき、咲也は裏の縁側に腰掛けて一人、茶を飲んでいた。群青と黄昏が混じる空を背中に、さらりと長い髪が春風に揺れて、思わず言葉が上手く吐けなくなる。はらり、と遅咲きの桜の花びらが草履の足元に落ちた。
 目を逸らせるように縁側の上の盆を見やると、白磁の湯飲みが2つ並んでいる。一つは3分の1ほどになっていたが、もう一つは波々と注がれたまま、昼と夜の境の風に冷たくなってしまっていた。
「ただいま。誰の?」
「……」
 咲也は目を伏せて湯飲みを見下ろした。曖昧な微笑で、湯飲みの淵をなぞると、ゆっくりと頭をもたげて空を見る。いや、
「……桜見てたの?」
「ええ」
 さほど背丈も高くない、八重咲きの桜が静かに花を散らしていた。ぼたんのように重い花は、首を刈られたようにぽたり、ぽたり、と風に花を攫われていく。
 石畳と、綺麗に履かれた土の上に、花が積み上がっていく。
「じっと見ていたら、何だか無性に悲しくなって……」
「……」
 呟いた咲也の横顔に、涙の幻覚が見えた気がした。手が買い物袋で埋まっていなかったら、拭ってしまっていたかもしれない。良かった。
「……鷹史さんがね、貰ってきた桜なの。知り合いの庭師さんから、もう枝が折れて咲きそうにないから、って頂いたんだけど……。
 ここに植えてみたらもう何年も花を咲かせてくれたわ。鷹史さんも、この子が咲くのを毎年、楽しみにしていた」
「……」
「でも、もう駄目みたい」
 咲也のほっそりした指が、桜の木の枝を指した。
「だんだんね、年々、花が少なくなっていって……。この間の春嵐で枝が折られちゃったみたいなの。この花も、今年が最後かもしれないわね」
「咲也」
「ごめんなさい。麒治郎には内緒にしていてね」
 咲也はふわりと笑っただけで、冷めてしまった湯のみを盆の上に置いて持ち上げた。
「今日の夕飯はなあに? 昨日の厚揚げの含み煮、すごく美味しかったから楽しみだわ」
 嘘だ。いや、きっと言っていることは嘘じゃないんだろう。けれど、些か度を越した小食の咲也が、食事を楽しみにすることなんてほとんどない。
「うん、今日はいい鰆が売ってたんだ。余計なことをするより、塩を吹かせて酢橘をかけようか」
「美味しそうね。お吸い物は花麩を入れましょうか」
 八重咲きの桜の花が、また一輪、風の音に、散った。


「あ、おい、織居」
 用を足しに廊下に出ている間に、聞き覚えのある声に話しかけられた。振り返ると、担任である地理教師が立っている。
 確か名前は渡辺。ありふれた名前で、覚えやすいのか、逆に覚えにくいのかわからないなと思った記憶がある。
 低い鼻に眼鏡をひっかけて、不精ひげを生やした中年男。独身なのは、皺の寄ったスーツとアイロンがけされていないYシャツでわかる。がりがりとまでは言わないが、ひょろりとした体型は、ちょっと衝撃を与えると折れそうな感じだ。けれど、愛想は良く、理解もある性格で、銀は存外に彼の授業が気に入っていた。たぶん、PTAには評判が良くなさそうだが。
「何ですか?」
「スマン。頼みがあるんだが、次の授業で使う教材、教室に運んでおいてくれないか?」
「いいですけど……」
 毎回、教壇脇のスペースを陣取る世界地図を思い出す。教科書を読めば、大していらないものに感じるのだが、この教師は毎回、生徒にその重い教材を運ばせるのだ。ぶうたれる生徒もいるが、銀はその世界地図を使って合間に挟まる小話が少しだけ好きだったりする。
「すまんな。本当なら当番制なんだが、何しろ今日の当番番号が、あの月城だからなぁ」
 ――月城?
 銀は反射的に瞬きをして、お世辞にも美麗ではない渡辺の顔を凝視してしまった。
「あの、月城、って……」
「ん? 同じクラスの奴の名前も覚えてないのか? まあ、まだ五月だし……あいつは学校に来ててもどっかでサボってる方が多いしな」
 渡辺は大げさな溜め息を吐いて、角ばった肩を竦めた。低い鼻にかかった眼鏡がずれる。
「窓際にいっつも空いてる席があるだろう?」
 思い返してみる。
 入学してから1ヵ月と少しで、皆、学校の地図を覚える方が大変だった。銀も馴れるのが精一杯だったせいで、クラス一人一人の顔なんかまだ覚えられていないが、そういえばよく空いている席があったような気もする。
「月城豊。一度、面談したが、相当変わりもんだよ。テストの点だけはいい。知り合いなのか?」
「……知り合い、というか……」
 どう説明したらいいものか。まさかクラスメイトとは知らなかったし、一度顔を合わせたことがあるだけで、銀にとってはまだ知り合いと言えるような間でもない。
「まあ、知り合いなら、たまには顔を見せろと言ってやってくれ。出席日数をレポートで補うにも限界があるぞ、ってな」
「……はあ……」
 まだ1ヵ月だというのに、レポートを出すほどサボっているのか、あの少年は。
 ――でも不良っていう感じでもなかったし……
 銀も家が神職故に、休まなければならない時がある。複雑な家庭環境のようであったし、もしかしたら理由でもあるかもしれない。
「じゃあ、すまんが頼んだぞ。あ、社会準備室の場所は知ってるよな?」
 アクアオーラ・ホワイトの少年の顔を浮かばせながら、ぼんやりとそんなことを考えていた銀は、教師の一言で我に返る。慌てて返事を返し、鍵を受け取って準備室へ急いだ。


「ただいまー」
 返事はなかった。珍しいことじゃない。昼間は基本的に咲也しか家にいないから、その咲也が何かの用事で外に出ていれば、家には誰もいない。鍵はかかっていなかったから、階段下の和菓子屋か、社務所か、そこらだろう。
 とりあえず、普段着に着替えよう。それからどうしようか。今日は日差しが強かったから、庭の水撒きでもしようかな。
 そんなことを考えながら、自室に向かう。着替えている間にも、咲也は帰って来なかった。
「……」
 ふと思いついて、裏庭の縁側に出てみることにした。裏庭と言っても、この神社は高台に建っているから、日差しは十二分に当たる。咲也の桜に手向けの水でもあげよう。それで少しでも、咲也が喜んでくれると思うから。
「……って」
 縁側まで出て、正直、顔が引きつった。
「……何でこいつがここにいるんだ?」
 日の当たる縁側で、猫のように身体を丸めて寝入っているのは、昨日会ったばかりの少年――月城豊だった。アクアオーラ・ホワイトの髪を、手入れ構わずにぱさりと広げ、藤色の瞳をやたら気持ちよさそうに閉じている。アイボリーのパーカーに、黒いシャツという私服っぷりから、ああ、確実にサボった体勢だと予想がついた。
 腹にかけられた毛布がのそのそと動く。顔を出した白猫が、にゃあ、と鳴いた。
 眉間に皺を寄せて、ふと気づく。
「……?」
 心なしか、縁側が妙に明るい気がする。何故だろう。
「おい、月城……」
「……」
 声をかけてみたが、余程眠りが深いのだろうか。反応はない。ゆっくりと規則正しく肩は上下しているから、病気というわけでもなさそうだ。
「ただいまぁ」
 起こそうか、そのまま放って置こうか、考えあぐねているうちに、玄関から高い声が聞こえた。ぱたぱたと軽い足音を立てて、ランドセルを背負った黒髪の少女が駆け足でやってくる。
「桐花か。おかえり」
「ただいま、トンちゃん。あれ、月ちゃんだ」
 ――桐花までこいつのこと知ってるのか……。
 何だか知らないところで網を広げられているような気がする。
「駄目よ、トンちゃん。月ちゃんの邪魔しちゃ」
「邪魔、って何だよ?」
「月ちゃんはね、今、内緒話してるの」
「内緒話?」
 誰と? と口に乗せるよりも先に、桐花は小さな手で庭の方を指差した。
 そこに、
「――!」

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いいわあ
えらく自然だわ、いろいろと。
銀ちゃんのマザコンというには濃過ぎる思慕も、桐にトンちゃんと呼ばれてる辺りも、地理の先生も……。
好きです、この世界観。
karicobo URL 2009/11/05(Thu)00:14:58 編集
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