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※紀野さんと住吉の皆さまとの邂逅
※沈みゆく豊と手を掴んだ紀野さんと観測者の瑠那
※ツキシロの愛世語りの続き
※大体南紀の件が落ち着いた後くらいのイメージでふわっと感




 実のところ、私はそれほど月城豊という子のことをよく知らない。
 私が8年の歳月をイタリアで過ごすことになったことも理由のひとつだろう。が、それはさしたる問題ではないと思う。
 ひとつは月城骨董品店という店がなかなか私のおつかい場所にならなかったこと。別に行くなと言われていたわけじゃない。元々、食い扶持ではなく月城一家の道楽の延長としてやっているだけの店。開店時間はえらく気紛れでいい加減なのだ。土地の権利は大学に詰めて真面に帰って来ない祖父さんにあるが、実際、店を切り盛り(?)は小学生時代から豊くんの仕事だったらしい。加えて両親は長らく海外に飛んでいて返って来ない。これだけで開店時間のいい加減さは伝わってくる。
 だからおつかいに出されたとして店が開いているかどうかはわからない、というのがザラなのだ。
 あとはどうせあの店に用を足しに行くのなら、サクヤさんや桐花、もしくは葵さんやノン太が名乗りを上げることが多かったというのもある。商店街のお化け屋敷と言われるだけのことはあって、店内は大層なワンダーランドらしい。古今東西、いろいろな話を付喪神から聞けるわ、店主代理の豊くんは住吉の皆をイジメないわでサクヤさんや桐花にとっては一時期、博物館兼休憩所のようになっていたらしい。
 葵さんやノン太の用事は、大学関係のことが多い。一応、日本にいる祖父さんは発掘や発見の度に子供みたいにはしゃぐ御仁らしい。豊くん曰く「天性の馬鹿」だがなかなかの権威を持った考古学者で、2人とも意見を貰ったり逆に聞かれたりするそうな。
 祖母は鬼籍、祖父は日本全国で邪馬台国を探し、父親はエジプトでミイラを掘り、母親は恵まれない子供達のためにせっせと井戸を掘ったりワクチンを集めたりしている。失礼ながら豊くんはよくグレなかったものだ。
 もうひとつは、ひとつ違いのトンすけの遊び相手に豊くんが入っていなかったからだ。
 トンすけは商店街の八百屋の息子と肉屋の息子と幼馴染で、高校に上がった今でも交流がある。でも、豊くんと真面に話すようになったのは高校に上がってからのことだ。
 私はよくつるんで遊ぶ3人、ときどき何故か麒治郎が加わって4人をどやしつけたりしていたので覚えている。トンすけが彼らの輪にいるとき、豊くんがその輪にいたことはない。爪弾きしていたわけではなく、麒治郎が言うには逆なのだそうだ。トンすけは高校に入るまで豊くんのことを頑なに避けていたらしい。
 理由を尋ねると「まあ、トンすけも思春期やからしゃーない」と麒治郎がでかい肩を竦めていたので、そうそう深刻な理由ではないのだと思う。

 豊くんと住吉の面々の付き合い方がガラッと変わってしまったのは、ちょうど一年ほど前のことだ。
 一年ほど前、豊くんは高校進学を目の前にした春休み中に商店街から姿を消した。正確には日本から。

 そのとき住吉は、というか全国はまた大きな地震に見舞われて、参道に降りる石段に派手な亀裂が入った。咲さんが言うには新さんがいなくなったとき、ちょうど同じような状況だったらしい。
 地震に雷鳴、稲光、地鳴りに山鳴り。
 それでも新さんのときのように、誰も消えずに結界の歪みは応急処置で済んだのだ。住吉の住人は誰も消えなかった。
 その代わり、商店街の片隅の骨董品店は一年間まるまる真っ暗になってしまった。
「月ちゃんが、いなくなっちゃった。シズクちゃんが、消えちゃった」
 そう言って桐花がわんわん泣いた。私はその泣き声を聞きながら、「シズクさんて誰だっけ」と考えて、はっとした後にぞっとした。
 シズクさんというのは豊くんのお母さん代わりのお手伝いさんで、商店街のマドンナだった。直接、話したことはほとんどないけれど、あんな目が覚めるような美人、忘れたくとも忘れない。それなのに桐花がそうやって泣くまでぽっかりとシズクさんのことを忘れていたのだ。
 私だけではない。商店街のおっちゃん、おばちゃん、子供衆。全員がシズクさんという存在を覚えていなかった。覚えていたのは住吉神社の住人だけだ。
 新さんと鷹史さんは消えてしまったけど、私たちも商店街の人も2人のことを忘れたりしていない。それなのに何が起こっているのか、心底ぞっとした。

 丸々一年が経って、商店街には豊くんだけが帰ってきた。
 トンすけは豊くんの見た目がすっかり変わってしまったとショックを受けていた。でも、私はどうしても一年前以前の豊くんの姿が思い出せなかった。商店街の大人も子供も「一年もどこ行っててん」と彼を揶揄したが、見た目について言及する人はいなかった。「昔からこうやん」と言う人もいた。
 でもトンすけや桐花が言うには、一年前以前の豊くんは黒い髪に赤いルビーみたいな目をしていたらしい。今の豊くんは透明に近い白い髪に綺麗な藤色の目をしている。私が見ている世界が違っているのか、それともトンすけたちに別のものが見えていたのか、判断ができなかった。
 サクヤさんや桐花は骨董品店に遊びに行かなくなった。代わりに同じ学級になったトンすけは手のひらを返したように豊くんを気にかけるようになった。
 関わり方は変わってしまったが、どちらも豊くんのことを思っての行動だ。サクヤさんと桐花はこれ以上関わって豊くんまで消えてしまうことを恐れている。トンすけは彼が消えてしまわないように見張っている。

 当の豊くんは住吉にもよく出入りするようになって、気が付けば縁側で猫布団を被っている。でもときどき、思い出したかのように庭の片隅で独り言を呟いたり、神社のライブに使うコントラバスやマリンバの間でじっとしていたりする。

「あれや。昔からあいつ、人より物と会話する方が得意やったんや」
 イライラしながら麒治郎は卵を割ってかしゃかしゃ混ぜるという単調作業を繰り返していた。イライラしているのは豊くんを囲んでの事情聴取に参加させてもらえなかったからだ。
 パソコンとサーバを突っ込んでいる村主の部屋では一定以上、室温を上げるわけにはいかない。ずぶ濡れの人間では風邪をひく。というわけで避難場所になったのは一の蔵の勉強部屋だ。
 今頃、紀野さんと豊くんはせっせと咲さんやきささん、加えてリューカに世話を焼かれているだろう。子供らやサクヤさんは遠ざけられて、村主は紀野さんのオブザーバー、私は目撃者兼問題点を指摘する補助役として同席を許された。でも宮司の麒治郎は入るなと言われた。
 たぶんだけど、南紀の件でへたれた当事者にぷっつんしてしまったことが尾を引いているんじゃないだろうか。
 そういうわけで麒治郎は豊くんが目覚めたときのおやつ作りをせっせと行っている。メニュー予定が淡雪かんからレモン風味のミルクレープに変更されたこともイライラに一役買っているかもしれない。麒治郎が言うには子供時代の豊くんは手製するくらい淡雪かんが好物だったのに、帰ってきてからはやたら洋菓子をリクエストするのだそうだ。
「それ、前も聞いたけど、物と会話する方が得意ってどうこうこと?」
「お前の旦那も数字と話す方が得意やろ」
「そうだけど、それとこれと意味違うでしょ?」
 ついでにうちの旦那は10進数より2進数や16進数と仲がいい。いや、だからそうじゃないんだってば。
「あいつ、豊な。あいつも弘平も義巳もバスケやるだろ?」
「らしいわね」
「トンすけがいないときは、俺らん中にあいつも加わっててな。あいつ、背は足りんけどパスやらポイントガードやら上手くてな」
「へえ。まあ、それっぽいわね」
「でも、誰がボール投げても一度もゴールに入らんときがあった。いっちゃん上手い義巳でも全然入らん。義巳がぶすくれて、弘平がからかって喧嘩になりかけてな」
 義巳も弘平も昔から商店街のガキ大将だ。2人ともでかい体格に合わず、結構、穏やかな気性なのだがそれでもガキは喧嘩する生き物だ。というか義巳と弘平と麒治郎に囲まれて、トンすけより背が低い豊くんがつぶされないのがびっくりする。
「そんとき、豊がひょいってボール取り上げてな。ああとか、うんとか。しまいにそっかぁとか言うた後に俺と義巳にゴールの位置変えろ言い出した」
「変えたら入るようになった?」
「そうだ。変な話だろ? 気になって解散した後に義巳と元々ゴールを置いてたとこ見に行った」
「そしたら?」
「高い換気口の裏側に作り始めのツバメの巣があった」
 おかしいことにその換気口のツバメの巣は麒治郎や義巳だから見つけられるような高い位置にあった。背の低い豊くんが発見できるはずがない。
 私は春にアップライトピアノの場所を変えたときのことを思い出した。定期的な調律も手入れも欠かしていなかったはずなのに、どうにも音がズレる。どうしようかわいわいやっていたら、ふらりと顔を出した豊くんが光さんやサクヤさんに許可をもらってねこふんじゃったを弾き始めた。それも途中でやめて南側の窓際、沈丁花が綺麗な場所に移動させるように言った。
 男衆で慎重にピアノを移動させたら、それだけで音が直ってしまったのだ。光さんとサクヤさんは御礼を言おうとしたが、豊くんが要求したのはおやつのフロランタンだけだった。
「あいつ、物の話しか聞かん。人の話なんぞまったく聞いてない」
 バスケの後日、不思議がった義巳は豊くんの教室まで押しかけにいったそうだ。けれど豊くんはぼんやりと窓の外を眺めるだけで、あーとか、うーんとか、生返事しかしない。「あ」と声を出したかと思えば、不意に立ち上がってその日の日直が雑に消したせいで綺麗じゃない黒板を隅から隅まで、椅子に上って一番高いところまで綺麗にして満足そうに「うん」と笑う。戻ってきたら「ごめん、なんの話だっけ」と首を傾げる。そんな子供だったという。
 次の授業の教師が、黒板が綺麗だと日直を褒めても、素知らぬふりだった。
「豊くん、イジメられたりしなかったの?」
 思い切って訊いてみた。サクヤさんも桐花も不条理な理由でイジメに遭っている。本人がいくら応えていないような顔をしていたって、気持ちや居心地がいいはずがなかった。
「イジメられとったけど、あいつ、イジメられとった自覚があるかわからん」
「どういうこと?」
「弘平から聞いた話やけどな」
 唐突にいじめっ子に筆箱を投げられたことがあったのだという。理由はその日のテストの成績で豊くんが一番だったから、というくだらないものだった。硬い四角形の、当時の人気キャラクターが描かれた立派な筆箱で、おでこに当たって立派なコブになってしまった。
 その場で豊くんのナイトだった弘平といじめっ子の喧嘩が始まった。
 でも、当の豊くんは腫れたおでこをちょっと摩っただけで、その場にかがんで筆箱から転がった鉛筆や消しゴムを丁寧に拾い始めたという。中身を全部拾い集め、それらが筆箱に全部綺麗に収まると、豊くんは満足そうにいじめっ子に差し出した。
「君のお父さんは床に投げつけるために筆箱を探してきたんじゃないよ」
 水を打ったように喧嘩が止まった。後で聞いたところによると、その筆箱は当時本当に人気で、その子のお父さんは何店も文具店を渡り歩いて探してきたんだそうだ。でも、もちろんそんなこと誰も知らない。その子自身も父親がそんなに苦労したなんて知らない。
 豊くんは弘平に引きずられて保健室に行ったけれど、そこでも「お前、何されたかわかっとんのか」と怒る弘平に疑問符を浮かべるだけだった。
「な? 物の話しか聞いとらんやろ? 人の話とんと聞かん」
「でも、きーちゃん、豊くんのこと嫌いじゃないって顔してるけど」
「嫌いとか言うとらんやろ。あいつにとっちゃ有機物も無機物も、みぃんなおんなじや。ニンゲンでも魔女でも神様でも妖魔でも関係ない」
「ああ、なるほど。そこがきーちゃんのお気に入りポイントだったんだ?」
「あいつと買い物いっしょになると楽だ。あいつが選んだ肉と魚は身が引き締まってるし、野菜はぜんぶ味が濃い」
 それだけ日常的に物の声を聞き続けてるってどういう感じなんだろうか。ごちゃごちゃ五月蠅そうだけど、確かに退屈はしなさそう。祖父母や両親がいなくても豊くんがグレなかったのは、そういう理由なんだろうか。
「ボールが気兼ねなく跳ねとればいい。黒板が綺麗に掃除されとればいい。筆箱やら鉛筆やらがちゃんと使われていればいい。あいつ、そんなんだけ大切にしてだぁれも傷つけようとしたりせん。いいヤツだろ?」
「そうね」
「サクヤと桐花もあいつん家行った帰り、いっつも楽しそうだった。何で今度はそんなヤツが消えんといかん」
 だん、と強力粉で練った生地がテーブルで踊る。ついでにシナモンロールもこさえることにしたらしい。
「瑠那ちゃん、湯たんぽ準備できた?」
「あ、今行きます!」
 思ったより長話してしまった。タオルに包んだちょうどいい温度の湯たんぽを抱えて台所を後にする。台所では麒治郎が、まだだん、だん、と生地を捏ねている。
 新さんは葵さんとサクヤさんを守るために決断した。鷹史さんはサクヤさんをトンすけに託して飛んでいった。
 さて、あの子は何のために何と戦っているんだろうか。


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