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2009/11/03first
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醜く汚い世界をそのまま愛する少年と死に場所を探すひとりの魔術師が救われた話。
※観測者の視た泡沫の続き

みにくいくらいうつくしい愛を



「で、詰まるところ、住吉の目的としては元帥から祭神を取り戻して、結界の安定化を図ってひと段落ってことだろ?」
 停滞した夜の空気を佐伯氏が切り裂いた。私も豊くんも彼のクライアントであったわけだから、彼はおおよその事情を推察していていいはずだが、彼自身は顔色ひとつ変えていない。そういう人間だ。そういう正しい人間だ。
 彼は求めるものへ手を伸ばす人間に力を貸すが、自分の掌で救えないと判断した人間には必要以上に情深く接しない。
「俺は自分から転がり落ちるような人間は勝手に落ちろという質でね。ソイツに同情はしても、死にたいなら勝手にどうぞと言いたいところなんだが」
「村主!」
 瑠那さんの鋭い声が飛ぶ。その声に肩を竦ませた彼はふらふらと片方だけの手を振った。
「現実にソイツ自身が考えていることだから代弁してやってんだよ。俺は“視る”ことはできねぇが、“識る”ことはできる。なあ、ご両人よ。望が視たっていう15,6のガキの姿って、つまりソイツの身体のことなんだろ?」
「ああ、その通りだろうね」
「で、元帥をとっ捕まえたとして、ソイツの身体や精神が元に戻る可能性はゼロだと踏んでいるんだが。ウィザード、俺の推論は外れているか?」
「いや、合っている。どの角度から推察しても、豊くんが元の、一年前の姿と心を取り戻すことは不可能だ」
 何しろ、彼はその15歳までを生きた自分自身を殺してしまったのだから。失くしてしまったものは戻らない。
「最善手を尽くしても喪ったものは戻りゃしない。だからこそ、生にしがみつく意味があるってもんだ。本来はな。だが、ソイツには生きる気力ってもんがない。だから自分の容も満足に覚えられない」
「……ああ。人であることを自覚していないとすぐに解(ほど)けてしまう」
「だからこそ本当なら奴さんには簡単にダメージを与えられる。パーセンテージは五分ってところだが、致命的になるようなダメージをな。こちらにとっての最短のテは間違いなくそれだ」
「……ああ」
 握っていた手が汗ばんだ。
「“魂”が死ねば“肉体”も死ぬ。単純明快で揺るがない摂理だろ?」
「それは、この子に自殺しろってこと?」
 幾分、冷静さを取り戻した瑠那さんが決定打を口にした。誰かが息を呑んだ。
「駄目よ」
 咲さんが強い口調で言った。
「そんなことをさせるためにシズクさんはこの子を拾い上げたんじゃないわ。この子にそんなことをさせたら、シズクさん――泉の藍銅の精はきっとお怒りになる」
「そうだ。黒曜は帰って来ても、きっと水は濁るし、山は鳴る」
 少年を抱き止めたままのレディが、彼の白い髪を梳く。その表情には確信のようなものが浮かんでいた。
「藍銅――シズク殿は昔、一度、人間を見放したんだ」
「見放した?」
「黒曜とシズク殿の水源は源流で繋がっていたんだ。黒曜が言っていた。藍銅は人間嫌いだったって。藍銅の泉のほとりにあった村の人間は干ばつや水害の度に、女や子供を泉へ投げ入れたんだ。堤の中に生きたまま閉じ込めて人柱にした。藍銅は人間なんか食べない。だから人間を見放して、玉に逃げ込んでずっと寝ていることにしたんだ」
 豊くんの髪を梳くレディの手はどこまでも優しい。
「だから、オレも驚いたんだ。目が覚めたら藍銅が人の容をして、人の子の面倒を見てるじゃないか。桜からこの子が2歳のときからずっといるって聞いて吃驚した」
「シズクと名前をつけたのは豊くんなのよ。昔、小百合さん――豊くんのお母さまから聞いたわ。この子はお母さんによく似ている。産まれたときから愛することを識(し)っていたの。だからシズクさんも玉から出てきたんだわ」
 レディの言葉を咲さんが継いだ。私といえば、母親のことを誹るときにいつも眉間に皺を寄せる豊くんの顔を思い出していた。家族相手にはこの少年も甘えるのだな、と思っていたが同族嫌悪だったのか。
「まあまあ、そう熱くならんと。佐伯さんや紀野さんがその気やったら、とっくにそうしとりますよ。むしろ逆やったんと違いますか?」
「逆?」
「“魂”が死ねば“肉体”も死ぬなら、逆に“肉体”に何かがあればそっちの豊くんにも何か影響がある可能性がある」
「あ」
「……佐伯さん、うちらがその元帥いう人と鉢合わせんように、豊くんに何や影響が出ないように、紀野さんに強力してはった。ダブルブッキングやけど立ち回れんお人やないでしょ?」
 リューカが場を和ませるように努めて茶目っ気を混ぜて言うと、佐伯氏はどこか疲れたように肩を竦めた。沈黙は否定ではない証だ。
「言ったろ。勝率は五分。そんな割の合わない賭けはねえ。第一に、いくら魔女だ霊能者だつっても結社の元帥相手に真面にやり合ったら、義母さまや望の脳天に風穴が空く可能性はゼロじゃねぇんだぞ」
「……申し訳ない。佐伯さんには損な役回りを押し付けたと思う」
「ああ、まったくだ。アンタがさっさとこっちと接触する決断をするか、望がさっさと手でもなんでも出してくれりゃあ、わざわざ空港チケットを摺り替えたり、無理な考察を通して調査場所をズラしたりしなくて済んだんだがな」
「そらわしも同罪ですわ。ウルマス先生の娘さんの件もありますからなぁ。いくら碧ちゃんさんがいても、葵さんと望さんだけで特攻させられませんわぁ」
「……つまり、2人ともお義母さんとのん太が調査は出来てもうっかりその“元帥”と遭遇しないようにあれこれしてたってことね?」
 怒りというより呆れを多分に含んで瑠那さんが溜め息を零した。リューカがくふくふと朗らかに笑う。
「堪忍や、瑠那ちゃん。わしらかてほんまに鉢合わせしてまうより、望さんが葵さんを落とす方が先やと思っとったんですって。ねえ?」
「まったくだ。いくら2人旅がクセになるつっても限度があるだろ、限度が」
「まあ、否定しないけどさぁ……」
 けらけら笑うリューカとややげんなりしたように見える旦那との間で、瑠那さんがこほんと咳払いをした。
「まとめるとその豊くんの“肉体”を使ってる元帥には、二重の意味で下手な手出しはできないってことになるのよね?」
「そうですなぁ。気紛れに黒曜さんをほい、と返してくれるような御方なら良かったんやけど。まあ、そないなお人なら、最初からこんなに悩まずに済みますしなぁ」
「つまり現状、打つ手なしってこと?」
「打つ手があるかねーかつーより、そこの破滅願望をどうにかする方が先だな。ウィザードよ、ソイツ、まぁだ奴さんと自分が心中しちまえば全部丸く収まるとか思ってんだろ?」
 レディと咲さんがぎょっとした表情で私を見た。胸の奥に痛みが走って、堪えるように目を閉じる。ああ、本当に困った子だ。
「然り。自分が自殺するのでは確率が不安定だ。何故なら彼は“憑き代”だからね。“魂”と“肉体”が元々乖離しやすい体質の持ち主だ。こちらで死んでもあちらは何も問題ない、では意味がない。では、次に考えつくテは何か」
 それはまったくろくでもない。ろくでもないのに、スポンジのように知識をつけてしまうのだから手に負えない。
「“魂”と“肉体”の心中だよ。そも、2つの要素が乖離したまま生き続けている現状がまず“異常事態”と言っていい。先にミスタ・リューカが言ったように“肉体”を殺せば、ここにいる豊くんもただでは済まない。だが、彼はそれを厭わない」
「そんなの駄目だ!」
 ほとんど叫ぶようにしてレディが声を発した。私は軽く唇に指を立てて、豊くんの様子を窺う。余程、深い眠りについているらしく、目を覚ます様子はない。レディは自分の口元を覆いながら、口惜しげに俯いた。
 隣の咲さんが少年の顔を見つめながら、まるい頬を撫でた。
「何故、豊くんはそんなことを」
 これは、私たちの問題なのにという言葉を咲さんは呑み込んだようだった。それに答えるのは、難しい。とても、難しい。
「おそらく、大した理由はないのでしょう」
「え?」
「彼は愛することしか知らないのです。愛することばかりを識っていて、愛されることを識らない。いえ、識ってはいても解してはいない。好意を受け取るための器が壊れているのですから、そうすることしか識らないのです。これは自己犠牲なんて美しいものでは測れない。測ってはいけない」
 ただ、言うなれば、そう。
「死んだのだから、息を止めれば楽になる。と、きっと、そう想ってしまうだけなのです」
 何かをただ愛し続けるというのは、嫌いなものを見つけられない人生とは、それほどに息苦しいものだろうから。きっと、ただそれだけなのだろう。
 理由なんて、そんなものでしかない。そんなものでしかないから、家族がいるだろうとか、犠牲になった神霊が浮かばれないとか、そういう真っ当な止め方が通用しない。何とも苦しいことに。


「この子を助けるには、どうしたらいい?」
 母親のように子を抱くレディが真摯な目を開いて問いてくる。同胞が愛した寵児への共感なのか、それとも人の子を守る母の一面なのか。子供がいない僕にはわからなかったけれど、少なくとも彼女が真剣に少年の味方をしてくれようとしていることは伝わってきた。そんな眼差しだった。
「諦めないこと」
「諦めない?」
「ええ、彼が人であることを諦めなければ、あるいは周囲が彼のことを人と定義することを諦めなければ。それが彼に伝わることがあれば。……気の長い話かもしれませんが、人でも怪異でも神霊でもない状態から一年。彼は呼吸をして道を歩いて声を発しています」
 そうしていつか、たとえ恋でも憎しみでもいい。心臓が千切れるほどの痛みに出会うことができたなら、君は人に戻れるのではないかと私は思うのだ。


 ひとしきり私が話すべきことを話し終えた頃には、もう随分と夜も更けていた。
 涙を拭いて、ぱんと軽く手を叩いた咲さんは既に笑顔だった。
「今日はもう休みましょう。佐伯さんも瑠那ちゃんも、休めるときにちゃんと休まないといけないわ。あなたも――紀野さんも、お布団はこちらのお部屋でいいかしら」
「ええ。ああ、いや、私はどこでも眠れるので寝具は特に。雨風さえ凌げれば」
「あら駄目よ、そんなの。うちでそんなサバイバルは許されないわ。豊くんに人間らしくあれというのなら、あなたも人間らしく過ごして頂かないと」
 それを言われると弱い。どうにも私は豊くんの目からしても常識的な人間生活力に欠けているらしい。まあ、粥のひとつもらしく拵えられない時点でお察しだ。
 私ひとりでは豊くんは救えない理由のひとつがそれだ。元より、ひとりきりの人間に救われたところで、そんな人間はひとりきりの人生しか歩めなくなる。私はそんなものを豊くんに授けたいわけではない。傷ついていい、苦しんだっていい、同じだけ微笑むことができる何かを求め、甘受するような。そんな当たり前の少年に容(な)ってほしいと願う。
 瑠那さんがまだ何か言い足りなさそうなのを遮って、佐伯氏がその細腕を引いていった。リューカが私の背丈を測るように手を翳し、寝間着はわしと同じもんで間に合いますやろか、なんて言っている。
 レディは布団を敷き始める咲さんに近づいて顔を覗き込んでいる。
「なあ、オレもここで寝ちゃダメか? 豊と、紀野と、川の字だ。ダメか?」
 なんだと?
「レディ。いくら半分といえ、女性がそういうことを言い出すものではないのでは?」
「いいじゃないか。たった半分だ。それに大人が子供を挟んで寝るのはとても人間らしくていいだろう。それともお前はそれほど女性に飢えているのか、色男?」
「意地の悪い問い方をしないでくれ。枯れた男と称されるのもレディに魅力がないと言っているようなものだし、飢えた男と認識されるのもひどく紳士的じゃあない」
「じゃあ、正直な男と言おう。オレも私もそこが気に入った。寝るというニュアンスがダメなら、そうだなぁ。眠れそうにない夜の長話に付き合ってくれないか? いくつか、お前の意見が聞きたいんだ」
「なるほど。そういうことなら喜んで誘いに乗ろう。こんな独身男の寂しい語りが、レディの暇つぶしになるかはわからんがね」
「熱燗でも拵えましょうか? それとも紀野さんは外国のお酒の方がお好みかしら?」
 咲さんもリューカも止める様子がないのでやんわりと了承した。夜を語るなら薄切りにしたレモンを齧りながらワインを水代わりに空けるのが私流だが、先の宣言通り郷に入りては郷に従え、というやつだ。ならば、
「この土地の水を使った清酒があれば、いただきましょうか」
 意識的にも、肉体的にも、この子の身体の大部分を形成する水を識ることから始めようか。
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