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2009/11/03first
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※行方不明から帰って来た月城豊。
※1年前の災厄の内側と紀野さんを書くための物語。(ようやく喋った)
※もう本編でいいんじゃないかなと思い始めた。






 鉄筋コンクリート剥き出しの二階建てボロアパート。エントランスも何もない、昇降は外階段だけという不便さ。その外階段も上り下りする過程で結構な音を立てる。壁だって薄いものだから、夜中なら軽く騒音公害なんじゃなかろうか。
 スーパーの袋をがさがさ鳴らしながら階段を昇り、数歩も歩かない角部屋の前で止まる。キーチェーンから鍵を捜し出そうとして、ふと思い止まりノブを回してみる。すんなりと回ったノブに溜め息を吐いて挨拶なしに上がり込む。
 狭い玄関には艶のなくなった革靴が一足、乱雑に転がっていた。一応、申し訳程度に整えて敷居と跨ぐと、つんとした刺激臭が鼻をついた。1Kの簡素なアパートには、エアコンという文明の利器はなく、ガタつく扇風機が臭う空気を掻き混ぜているだけ。窓もそもそもカーテンさえ開いていない。家具と言えるものだって少ない。衣服は部屋の隅のクリアケースひとつに収まっているし、ベッドはスプリングが五月蠅いパイプベッド。その上の布団だって干す場所がないからくたびれて見える。
 そのくたびれた部屋のくたびれたような住人は、部屋のど真ん中に置いたテーブルについていた。余程集中しているのか、あえて反応していないのか、作業中らしい。
 特に遠慮することもなく真横を通り抜けて、これまた狭いキッチンに向かう。
 今時、冷凍庫もついていない冷蔵庫を開ければ、案の定、ペットボトルのミネラルウォーターが3本と栄養ドリンクが1ケースだけ詰め込まれていた。嘆息してスーパーの袋の中身を足していく。牛乳とか、ゼリーとか、惣菜類とか。
「豊くん」
 散らかっていたゴミを分別していると、意外にこちらに気付いていたらしい住人――紀野さんから声がかかった。
 ちょうど一息つけたところなのか、テーブルの上に広げられた新聞紙の上に功績が乗っている。およそ9㎜の弾丸とストレート式の弾倉が並んで置かれている。まあ、何と言いますか。安普請のアパートに不釣り合いな物騒な様相ではある。だからこの部屋の窓は開けられないのだ。ドアは結界を張っているからと鍵をかけていないちぐはぐさだが。
 入れ違うように今度は僕がテーブルの前に座り込んで、紀野さんはコーヒーメイカーのスイッチを入れに立つ。
「弾倉何発です?」
「複列弾倉(ダブルカラム)で15発。予備の弾倉まではしばらくかかるだろうね。元はグロックかワルサーを想定して造っていたから、ベレッタ式に改造は少々骨が折れる」
「グロックは17と18、ワルサーはP38とP99ならベレッタと同じ形でしょう」
「霊弾原料はアルミや軟鉄のようにはいかないんだよ。無駄撃ちは控えてくれ。もっとも、私としては次にここに来るまでに1発も減っていないことが理想なんだけど」
「さあ。相手次第じゃないですか」
 ニッケルでコーティングされたかのような弾薬を摘まみながら、感心なく答える。コーティングされたかのような、なので実際は違う。詳細は企業秘密だそうだけど、この弾丸は鉛や銅ではなく、大半の成分が水と砂で出来ているらしい。つまり御神水と御神砂だ。香油や蝋なんかも原料らしいが、深いところまでは教えてくれない。「教えてしまうと“こちら側”に君を引っ張ってきてしまう」のだそうだ。
 まあ、とどのつまり、この銃弾はこれだけで一種の神具になっているというわけだ。インスタントな除霊道具と言っていい。あくまでインスタントだから、使う相手やタイミングは選ばなければならないけれど。
 鞄に作ったシークレットスペースから愛用のベレッタを引っ張り出し、弾倉交換のついでに軽く手入れを始める。銃身にガンオイルを噴きつける僕の手元を見た紀野さんが、何とも言い難い、黄昏た顔をしていた。
「何ですか?」
「いや……随分、板についてしまったなと思ってね」
 何だか落ち込んだような声で言った後、紀野さんは淹れ立てのコーヒーに僕が買ってきた牛乳をどぼどぼと注ぐ。
「あまり良い事ではないな、と思っただけだよ」
「教えたのは紀野さんですよ」
 僕に身の守り方を教えたのは他でもない、この紀野秀久という魔術師だ。そう言うと、紀野さんは全然笑えていない顔で曖昧に笑って「そうだね」とだけ答えた。


 あの頃――アテネで正体を取り戻した僕は、行きずりの紀野さんに保護されてようやく自分の名前を思い出した。感触的には思い出した、というより知った、という方が近かったけれど。
 ギャラリー内のカフェテリア。僕のぶつ切れた話を根気よく聞いていた紀野さんは、一種の精神病のようなものだと診断を下した。人間は成長していく過程であらゆる出来事の中から“自己”というものを確立していく。自分という個性を創り上げていく。ところが僕の場合はこんな身体になるその以前から、“自己”というものが極端に希薄だったのだという。
「君はきっと自分の名前が好きじゃなかったろう?」
「……うん。うん、そう、だった気がする……」
 そう。そうだった。僕は祖父と同じ自分の名前が好きではなかった。ツキシロユタカという名前は、あの街の中ではどこへ行っても祖父のことを指していた。ボクは月城の小倅だとか、月城のとこの小さいの。そういう認識だった。ほとんど無意識化でボクはボクの居場所を見失って、でもそのことに危機感も覚えなくて。誰かに認められたいだとか特別でありたいだとか思わなかった。
 中途半端にいい子ちゃんだったボクは、ユタカという名前が祖父の純然たる愛情だということだけは理解していた。気に入らないと思いながら嫌いに成りきれなかったのだ。
 いっそ嫌いに成りきっていればまだ良かったんだろう、と紀野さんは言う。
「嫌いであることもひとつの自己肯定になる。何せ、自分の名前が嫌いになるという行為は、“自分の名前”を知らなければ出来ない行為だ。君はきっとそこにすら至っていなかった」
 ツキシロユタカという名前自体が、僕の中では大した意味を持っていなかった。本来なら人が一番最初に“自己”として認識する言霊は自分の名前なのだという。僕はその音を認識しきれないまま、なんとなく好きにも嫌いにもならないふらふらとした位置に置いたままだった。
「君の場合はさらによくなかった。音がよくない」
「おと?」
「月城はつきしろ、即ち“憑き代”だ。起源は神様や精霊を肉体に降ろす役割を担っていた家系の可能性があるね。だから君はその“店のみんな”と言葉を交わせたし、シズクさんとやらも“店のみんな”も君に惹かれたんだろう」
「……かぞくで、みえるのも、きこえるのも、ボクだけだった」
「言霊というのは一つの呪いだ。つきしろの子供、つきしろの家の子。そんな呼ばれ方ばかりをしていたら、やがて言葉は呪力を持ってしまう。君はツキシロユタカという個体を創り出す前に、“憑き代”として開花してしまったんだろう」
 ああ、ようやくわかった。シズクやサキミのおじじは僕がいくら「あんまり好きじゃないな」と言っても、「ゆうちゃん」「ユタカ」と呼ぶのをやめなかった。弘ちゃんやよっしーに「ユタカ、って呼んだげてなぁ」と毎回のように言っていた。僕が僕自身に執着を持たない言動をすると「ようない」と言って止めた。
 あれは、要するに、そういうことだったのだ。それを正しく理解できず、受け取れなかったのは僕の方。
「“それ”は君のことを“面白い身体”だと言ったんだろう。人間の意志というものは、本来、もっと強固に出来ている。同意も合意もなく肉体と魂が乖離するだなんて在るはずがない。その在るはずのない個体を、君はいくつかの偶然を積み上げることで創ってしまったんだ」
「そう……か……」
 なんだ。何から何まで、どこからどこまでも、自分のせいじゃないか。
「君は、これからどうしたい?」
 僕がのろくコーヒー1杯を空にするのを待って、紀野さんはそう訊いてきた。
「……わからない」
「うん」
「なにも、かんがえたくない」
 いっぱい、いっぱい考えなきゃいけないことがあるのは解っていた。でも一通りを話し終えた僕の頭は限界で、とても疲れていて。思い出したくないことだって多すぎて。
 紀野さんは俯いた僕の頭をぽふ、と撫でた。
「じゃあ、考えることをやめようか」
「え」
「考えたくないんだろう?」
「……かんがえなくて、いいの」
「いいんだよ。言うなれば君は生まれたばかりの子供なんだから」
 そっか。いいのか。そう思ったら、ほんの少しだけ、息ができるようになった気がした。


 それからサントリーニのアパートメントで一ヶ月あまりの療養生活を送ることになった。
 滞在ビザや賃貸契約なんかは全部、紀野さんに任せきりだった。本人曰く、「馴れているから」と言っていた。少し安定した後に「ろくに知らない子供を拾うことに?」と皮肉ってみたら、「そっちじゃない」と慌てて否定していたのが面白かった。
 放ったらしになっていた日本の高校の休学届を出したのも紀野さんだ。頭も身体も空っぽだった僕としては、退学扱いでも文句はなかったのだけど、それを止めたのも紀野さんだった。
「やめることと諦めることは似ているようで随分と違う。君はやめるだけだ。退学ならいつでもできるだろう?」
 電話口に出た“お父さま”はゴリラ親父ではなく紀野さんだったけど、本物の声を聴いたことのない高校の職員はあっさりと信じてくれた。いくらポジティブ・シンキングが過ぎるクソジジィとはいえ、万一捜索願なんかを出されたら困るので研究室の留守電に「休学して海外を見てくる」とだけ残して置いた。まあ、馬鹿だから信じるだろう。というのは若干強がりで、本当は毎度のように言われるはずの「あんまりシズクさんを困らせんようにな」の一言がない会話が怖かった。
 そして何をしていたかと言えば、正しく何もしていなかった。
 最初の一週間でようやっと呼吸の仕方を思い出して、二週間目で初めてお腹が空いた気がする。三週間目でベッドから立ち上がることを覚えて、四週間目に久しぶりに声らしい声を出したら随分掠れていた。
 その間の生活は紀野さんに頼りっ放しだった。とはいっても、紀野さんの家事はかなりお粗末なもので、洗濯はシャツに皺が寄っていたし、掃除は四角い部屋を丸くどころか三角に掃く程度。半月ほどで味覚というものを取り戻した僕が、紀野さんの作ったリゾットを一口食べて口にした音は「うえっ」だ。材料や作り方を聞くとまあ、身体にはいいんだろうなとは思った。味は別だけど。
 自暴自棄というものは怖いもので、ふと何度も呼吸をやめたくなったのをぼんやり覚えている。遺族が悲しむだとか、せっかく生まれた命なのだからとか、考える余裕はなかった。自殺する人というのは、きっと死にたくて死ぬんじゃない。ただ目の前に現実として存在する世界が、どうにも息苦しくて不意に永く眠りたくなっただけなのだ。自分の命なのだから、自分で好きにさせてくれと願って。
 そんな人間の世話の一切を請け負った紀野さんは、本気で物好きで貧乏くじな性分だ。
 「明日、僕が何も知らない間に世界が終っていないかな」。なんて、割と本気で呟く僕に、紀野さんは肯定することも否定することもなく「それはきっと苦しくないだろうね」と曖昧に笑っただけだった。
 とても当たり前で、本来なら一番最初に訊ねるべきであった疑念を持つ頃には、紀野さんと出合って2ヶ月が経とうとしていた。
「何で、僕を助けたんですか?」
 ひとりの人間が世界の枠から零れ落ちそうになっていたとして。見捨てるのは易いが拾い上げるのはあまりにも面倒だ。僕の場合は本当に何もしなかったから、フィジカルとメンタルのケアに加えて時間と金もかかっている。見返りなんて期待できるような人間にも見えなかっただろう。
 僕がそう訊いたとき、紀野さんは何故か妙に嬉しそうな顔をして僕の頭を撫ぜた。
「考えることを始めたんだね」
 声も、態度も、柔いのに、いつでもどこか寂しそうな影のある人だった。笑顔が下手くそな人だ。笑っているつもりだろうに、いつでも泣いているように見える。
「私にはふたりの友がいた。男が3人。苦楽を共にした、とまでは言わないが、まあ、青春を謳歌した仲とでも思ってくれ」
 何だか答えになってない思い出語りが飛んできた。
「ひとりは死んだ。事情があって話も出来ずに、私は彼が倖せだったのかわからない。ひとりは致命的な誤解の末に仲違いをしてしまってね。話し合うこともできないまま、今も敵同士さ」
「あなたの身の上話と僕と関係あるように思えないんですけど」
「つまりね。私はとても後悔をしているんだ。出来ることをやらなかった後悔だ。そういう後悔は夜、眠る前に必ず頭を苛んでくるものでね。おかげでここ数年は真面に熟睡した記憶がないよ」
 くたびれた中年、という僕の第一印象はあながち間違っていなかったらしい。彼は子供をあやすように僕の頭を軽く叩く。
「君を見捨てていたら、たぶん、後悔が増えて不眠症がひどくなる気がしたんだ」
 ようやく繋がった。話が長い人だ。


 さて、まあ、そんな経緯でようやく人間らしい思考を取り戻したわけではあるが。これからどうするか、という議題については触れようとすると僕の頭はフリーズを繰り返した。
 僕の頭の造りが変わってしまったのか。それとも元々そういう子供だったのか。今ではあまり判断がつかないけれども、不思議と何をしなくちゃ、あれをしなくちゃ、なんて焦燥に駆られることはなかった。具体的に言えば放置してた店に戻らなくちゃとか、せっかく受かった高校に行かなくちゃとか。
 ……いや、うん。店は元々、クソジジィの道楽だし、万年サボタージュがデフォだった僕にとって学校というカテゴリはさして優先度が高くない。だからその2つに関してはたぶん、元々の”月城豊”も同じことを考えたと思う。
 何というか、当時、僕の頭を支配していたのはこの先を生きていくか、それとも死ぬか。というとても中二病的な自問自答だった。だって本来、僕は死んでいる人間なのだ。存在としてとても正しくない。
 紀野さん曰く”一度死んだ”という感覚が魂に残っている以上、その自答は仕方のないもので延々残り続けるものらしい。頑張って近しい病名を挙げるなら慢性的無気力症候群とでも言えばよいのだろうか。とにかく僕の頭と体は生きることに積極的ではないのだ。
 僕の命を救ったシズクがそんな僕を見てどう思うのか。落ち着いた頭でもう一度、考えてみたけれど彼女は首を傾げた後に「そこまで考えてなかったなぁ」と言うだろう。さてはて元来から自分の命を軽視していた僕がいよいよ現世に留まる重しを失くしてしまったわけである。
 考え込んで一週間。
 僕は明晰夢を見ることになる。
 そこに行くのは初めてではなかった。ただ、前は水族館の分厚いガラス越しに視ていただけだったけれど、今度はそのガラスを飛び越えてしまったらしい。
 一面の青、蒼、藍、碧。あお、と呼べる色をすべて集めたような深い海の底で小鳥のような声で何かが囀っている。海の底なのに明るい日が射している。かと思えば、星のような光の渦がある。水の中という感覚はあるのに苦しくはない。深呼吸するとこぽり、と綺麗な泡が音を生んで消えていく。
 僕が一度だけ”視た”ことがある、トンちゃんのお父さんが”いってしまった”という場所だ。あのときと違うのは色彩豊かな珊瑚も舞い踊る魚たちもいないことだ。あそこであってあそこではないのだろうか。でも、もしあそこなのだとしたら意外や意外。部外者立ち入り禁止ではなかったのか。というのが最初の感想だった。よくよく考えれば僕の肉体はシズクの原子が構成しているわけだから、前と今とでは大分変質しているのかもしれない。とすれば全くの部外者でもなくなってしまったのか。ふぅむ。
『やあ、おはよう』
 びっくりした。びっくりしたのは、とても久しぶりな気がした。知っている。僕は、この声を知っている。だって。
『抜け殻がそんなに呆けることないじゃあないか。イマジナリーフレンドなんて実はそんな珍しいものじゃあない』
「……この場合は、フレンドじゃないと思う」
『そうだね。イマジナリー、マイセルフ?』
 黒い髪の、赤みがかった瞳のボクがしたり顔で立っていた。




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キノサンガシャベッタァァァァ!
これが本編でいいんですか? しかし、住吉世界のユタカ君とトンちゃん、克昭くんの共闘、どんなチームになるか楽しみなところです。実は弘平くんがお気に入り。彼のヒロインは今でもユタカくんなのでは。
ヴァル 2016/11/11(Fri)12:00:55 編集
シャベッタアアアア!!
この軸の月城豊の本編はこれを含んでいいんじゃないかと思い始めました(笑)
弘平はある意味では主人公(本来の本編の語り手予定だった)なのでヒロインが豊なのは正解だと思います。
梧香月 2017/01/17(Tue)22:15:26 編集



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