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2009/11/03first
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【一、霊桜の碑(前)】
 

「トンちゃん、お使い事頼まれてくれないかしら?」
 珍しいこともあるものだ、と紫色の風呂敷で包まれた包みを受け取った。
 いつもは街中に出ようとする咲也を止めて、自分がお使いに行くのに、咲也が積極的に自分に頼みごとをするなんて珍しい。
「いいけど、どこに?」
 脱ごうとしていた革靴を履き直して、玄関に鞄を置く。咲也は微笑んで、電話の横に置いてあるメモを一枚取り出した。筆ペンで住所が書いてある。
「そこの月城、という子に渡してほしいの。お願いね」


『月城骨董品店』
「……」
 街の中心を抜けて、路地を一つくぐり、商店街の隅に佇んでいた建物の名前がそれだった。木造の煤けた二階建ての家屋で、正面の扉は薄っぺらなガラスの戸が2枚組み合わさっている。サッシの周りが錆び付いていて、立て付けは悪いに違いない。
 一階の壁に刻まれた古い看板には『月城骨董品店』と掲げられていたが、その内で後から修理されたのだろうか。『城』の字だけが妙に新しい。
 織居鳶之介は思わず、伺うように周囲を見回した。
「ここ……だよな」
 年号は当に平成に移り変わっているというのに、そこだけ昭和の名前をそのまま受け継いだかのような建物だ。
 いや、彼の家である神社も800年くらいは遡れるだろうが、商店街の中にこんないかにも古臭く、胡散臭い店を見ると、思わず住所を確認してしまう。しかし、店の柱に抜けかけた釘にぷらんとしている札の住所は、まさしく彼が手にしていたメモと同じだったし、店の名前はまさしく聞いた名前と一緒だった。
「……」
 たっぷり5分は躊躇ってから、彼は溜め息を吐き出した。まあいいや、早く用事を済ませて、夕飯の買い物をして帰ろう。
 割り切って、開け放しのガラス戸を潜り、
『むにーっ?』
「わあああっ!?」
 目の前に顔があった。
 人は点が3つあるだけで顔に見えると言うが、まさしくそんな顔。スライムのように透けた身体に、やたらとつぶらな2つの点があって、ぱちぱちと瞬きをした。
『むにー?』
「な……っ、うわっ」
 その物体はひょい、と身体をくねらせて再度、彼を覗き込んだ。身体と言っても、手や足という概念をまったく無視したただの物体だ。スライムを人2人分くらいの容量で作って、目を2つくっつけた。ただそれだけのモノ、と言った方が正しい。
『ぢゅっ!』
『こら、てめー待て!!』
「うわっと!?」
 足元がやけに熱くなって足を引くと、尻尾を立てた火鼠が彼の股を潜り抜けていった。その後を追うようにして、火鼠よりも小さな身体をした少年――いや、猫の耳と裂けた尻尾を持った猫小人が、棍を振りかざしてぴょんぴょん焼き物と小物入れの合間を飛び交っていく。
「な、何だぁ?」
『むにー?』
 神社の息子として、面妖なものはある程度見慣れているつもりだったが、さすがに面妖すぎる空間だった。
 落ち着いてよくよく見れば、壁にもたせた姿見の向こうからは、小さな踊り子がこちらを伺っているし、傍にあるガレのランプの傘では、ベレー帽の小人がお腹を抱えて笑っている。
『やめなよ、克己[コッキ]ー。ほら、お客さんだよ』
『だって、コイツ、またメモを燃やしやがってーっ』
 ランプの小人に、棍を持った猫小人が反論する。かちゃん、と音がしたと思ったら、壁のコルクボードに飾られた勾玉が不自然な形に浮き上がった。
『ほれ、久しぶりの"こちらの"客人だからとて、はしゃぐのはやめるのじゃ』
『サキミさまのせいですよ。今日は視える人が来るー、なんて言うから、ちっちゃな獣がはしゃいじゃって』
『ほっほっほ、悪かったのう、少年』
「は、はぁ……」
 髭面の老人の形に浮き上がった勾玉が、3Dの映画のように口をもごもごと動かした。ようやく混乱が収まってきた鳶之介は乾いた喉でそう返事をする。
「うわっ!?」
『むにー?』
 またあのスライムが来た。
 ねっとりとした感触が、背中から首筋に張り付いた。ぞぞぞ、と全身に鳥肌が立つ。慌ててどけようにも、まさしく小学生の化学の時間に作ったスライムのような粘着力のそいつはますます絡んでくる。
「こら、やめろっ。俺は食っても美味くないぞっ」
「あれぇ? 珍しい。お客さん?」
 冷たいような、生温いような感覚を背中に乗せた銀の耳に、やたらとのんびりとした声が届いた。肩で物体を押し戻すように顔を上げると、奥に続く敷居の向こうに足が見えた。
 足を踏ん張ってさらに視点をあげると、かちりと音が聞こえて、顔が見えた。良かった、今度はちゃんとした人間みたいだ。
 鳶之介のものよりもさらに色が薄いアクアオーラ・ホワイトの髪が、白いシャツに溶けている。大き目の藤色の瞳と顔立ちは女みたいなくせに、妙に落ち着いた雰囲気がある。何だろう、何だか知人の男と似たような匂いを感じる。にょろにょろというか、へらへらというか。
 清潔そうなシャツに下げた十字架のチェーンは、クリスチャンなどではなく、ただのアクセサリーだろう。首にはメカニカル・ロゼが入った、あまり新式でないヘッドホンを巻きつけている。先程、かちりと音を立てたのはこれだろう。
 少年はかくん、と首を傾げてこちらを見るとのんびりと土間に敷いていたサンダルを履いた。
「駄目だよー、むにちゃん。お客さん食べちゃ」
『むにー?』
 少年の指につんつん突付かれると、物体Aはのそのそと銀の背中に乗るのをやめた。そのまますすす、と天井まで上がると、髪切り虫の隣にぺたりと張り付いて、つぶらな瞳をぱちくりさせる。
 ぜいぜい肩で息をしていると、土間から奥に上がる木板の高床にぺたり、と腰掛けた少年が微笑んだ。
「だいじょうぶー?」
「だ、だいじょうぶ……、です」
「ごめんねー、お客さん、もしかして視えるひと?」
 どこか眠そうな目で問われて、反射的に頷く。少年は天井のスライムを指すと、人懐っこい笑みを浮かべて、
「かわいーでしょー? むにちゃん、ていうの」
「むにちゃん……」
「ところでおにーさん、お客さん?」
 話が飛ぶヤツだな、と一瞬思う。手の中の重みを今さら感じて、本来の目的を思い出した。
「ああ、ええと、俺は客じゃなくて……月城さん、ですか?」
「そーだけど」
「うちの母……織居咲也に頼まれたんですけど、これ……」
 紫の風呂敷に包んだ箱を差し出す。少年は小首を傾げながら受け取った。
「織居……ああ、住吉のサクヤさんかぁ。懐かしーなぁ、お疲れ様ぁ」
 ――懐かしい?
「おにーさん、初めて会うね。うちの母、ってことはもしかしてトンちゃん?」
「トンちゃん言うな!」
 思わず反射的に言ってしまった。少年はかくん、小首を傾げただけで、またのったりと微笑んだ。
「まーまー、怒んないでー。せっかくだからお茶でも飲んでいくー?」
「いや、ええと、俺は……」
『豊さーん』
 答えようとする声を遮るように、声が聞こえた。小さな少女の声だ。鳶之介が振り返ろうとした、その途端、

 ばしゃんっ!

 小さな滝が、真上から降ってきた。


『ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃっ』
 畳の上に膝を付いた小妖精が、日本式に土下座していた。何とも違和感のある光景だな、と思いながら、鳶之介は苦笑いで手を振った。
「いいよ、そこまで濡れたわけじゃないし、今日はそんなに寒くないし……」
『あうう……私、私いっつもー』
「お茶入ったよー」
 小妖精がぼろぼろと涙を零す脇に、のんびりとした件の少年が、湯気の立つ湯呑みを盆に乗せて戻って来た。ほうじ茶の香ばしい匂いと、甘いあんこの香りが混じる。
「ベルベルー、畳が劣化しちゃうからあんまり泣いてると怒るよー?」
『あううー、豊さんのいじわるー』
「い、いや、本当にもういいから……」
 何だか疲れた。ふう、と息を吐くと、目の前に香ばしい湯気の立つ湯のみが差し出される。
「どうぞー」
「あ、ありがとう……」
「ベルベル、いつまで泣いてるのー?」
『あううー、だってだってー』
 少年がお盆の上の別のガラスポッドに手を伸ばす。中のお茶の色は、ほうじ茶と同じだが、香りは甘い。少年は玩具のティーカップに中の湯を注ぐと、涙目の小妖精に差し出した。
「泣き止んだらアールグレイのミルク入り。止まなかったら粉抹茶の刑」
『あうー、豊さんヒドイですー』
 言いながら小妖精は目元を脱ぐってカップを受け取った。なるほど、小さな妖精には、玩具のカップくらいの大きさがちょうどいいのか……。
 妙なところに納得しながらほうじ茶に口をつける。美味い。
「ごめんねー、ベルベルってドジっ子を絵に描いたみたいな子だから」
「いや、別に大丈夫だけど……」
「あ、咲也さんにおすそ分けどうもー、って伝えてくれる?」
 言われて気が付いた。お盆に乗っているのは牡丹餅だ。あの包みの中身はこれだったのか。
「それにしても……なんていうか、凄い店ですね」
「そーお? じっちゃまが好きなんだよねえ。自分じゃ視えないのに」
『穣おじいちゃまはお優しい方ですよー』
「……?」
「ああ、わかりにくいよねえ」
 首を傾げると、少年が苦笑いをした。
「僕が月城豊[ユタカ]。じっちゃま……祖父も月城穣[ユタカ]。僕が豊穣の"ほう"の方で、じっちゃまが"じょう"の方」
「な、なんか、ややこしいな……」
「どうせ2人しか住んでないから、あんまり不便じゃないけどね。おにーさんは?」
 自分もほうじ茶を口にしながら、にこにこと問いかけられる。そういえば、まだ名前を言っていなかった。
「織居鳶之介。……でも、みんな銀て呼ぶ。髪の色が銀だから」
「……鳶之介」
 復唱して、少年はわずかに目を細めた。
「? あの、何か……」
「ううん、何でもなーい。でも、銀ちゃん? トンちゃんじゃなくて?」
「トンちゃん言うな!」
 危うく熱いほうじ茶を噴き出しそうになった。にこにこと笑ったままの豊の背に、びくっと肩を震わせた小妖精が隠れる。
「あ、ごめん……。でも、トンちゃんはやめてくれ……その、何か恥ずかしいから」
「ふうん」
「爺さんと2人、って言ったよな。親は?」
「親……」
 誤魔化すために聞くと、豊は不意に真顔になった。何かを考えるように、古い家屋の天井を眺めて、ほうじ茶を口にする。
「……2人は……ここにいないよ」
「……ごめん、何か余計なこと聞いた?」
「ううん。ぜんぜーん」
 にこにことした表情を崩さないままで、豊は首を振る。顔には影も屈託もない。気まずそうにほうじ茶を飲んで、豊の頭の上のレトロな振り子時計に気づく。
「あ、もうこんな時間か。夕飯の買い物も頼まれてるんだった。お茶ご馳走さま」
「うんうん。サクヤさんによろしく伝えてねえ」
「わかった。お邪魔しました」
 銀は少年に頭を下げると、土間の下の靴を急いで履いた。駆け回る火鼠を踏まないように店の外に出ると、もう一度振り返って会釈する。少年は敷板の上からひらひらと手を振っていた。



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