2009/11/03first
07/01
2025
※未来出張に行った原作シリウスと料理の話。
エクルーは住吉の星一を知っている体です。
論文はどうした。
エクルーは住吉の星一を知っている体です。
論文はどうした。
「うま」
素直に口から言葉を発すると、タッパーを差し出していた男は嬉しそうにした。若干、誇らしげでもある。
タッパーの中にあって、今、俺が食べさせられたのは白身魚のマリネだ。何の魚かは知らない。一緒に漬け込んであるのはパプリカに似ているけど、別の野菜かもしれない。動植物ってちょっと変化しては名前が変わるんだよな。俺の知識がとっちらかって、てんでばらばらなのは、そういう理由もある。
ということで、何の魚で、何の野菜かは知らないけど、とりあえず、男が作ったらしいマリネは思わずそう言ってしまうくらい美味かった。
「なら、よかった。俺の料理はちゃんとお礼になりそうだな」
「お礼? 何の?」
「花畑のだよ。決まってるだろ」
「いや、そんなの、別にいいんだけど」
積極的に助けた、ってわけでもないし。救えたわけでもない。大袈裟だし、なんか、むず痒い。
「いいんだよ。あんたにとっては大したことじゃないのかもしれないけど、俺たちにとっては大したことだったんだ」
「……そんな?」
「そんな」
タッパーを冷蔵庫に戻した男は、そのままストッカーを漁りながら口を動かす。
「俺たちがあの二人を助けようと、あそこに行ったときはさ。なんていうか、結構、ぼろぼろだったんだ」
「ぼろぼろ?」
「そう。生き残った同胞を探して、ダメ続きで、やっと見つけた子たちだって明日どうなるか、みたいな。そんなときに、二人の墓と花畑を見つけたんだ。二人の魂がちゃんとそこにいてくれたから、二人の最後の光が受け取れた。正直、ちょっと泣いた」
「そんな?」
「そんな」
軽い口調だけど、嘘は言っていないように見える。本当に泣いたのかは、わからないけど。それくらい嬉しかった、というのは本当なんだろう。だったら、まあ、やってよかったかもしれない。
「俺たちからしたら、あんたの方が不思議だよ」
「えぇ?」
「だって、縁もゆかりもなかっただろ?」
「ないけど」
ないけどもさ。だって、なあ?
「お墓って、死んだ人間のためだけのものじゃないだろ」
「うん? なんかの宗教?」
「強いて言えば俺の宗教かな。例えば、あの二人を他の仲間が探しにきたとして……。現にあんたたちがきたっぽいけど……。それで野ざらしだったら絶望するだろうし、何かがあって遺体も見つからなかったら、まだもしかしたらってずっと探し続ける羽目になるかもしれない」
「まあ、そうだったかも」
「そんなのは、残った方も可哀想じゃん。たぶんさ。お墓って生きてる人間のために必要だよ。じゃないと、ちゃんと受け入れて生きていけないし。俺だって人間らしいことしてないと、すぐ人間だってこと忘れるし」
男の手からブーケガルニがぽとり、と落ちた。反射でなんとなく拾い上げる。
「……俺、なんかおかしいこと言った?」
「いや、ちょっと感動してた」
何でさ。俺の言うことなんて、ただの経験談だ。経験談以外に気の利いたことなんて言えない。
俺だってそうだった。歩き出すために、棺を作ったし、墓を作った。ちゃんとそうしてから旅立ったのだ。自分勝手なコイツに罪があったなら、全部、俺が持っていくから天国に行かせてやってくれ、って。
信じてもいない神様に祈ってから旅立って、今に至る。暦が変化し過ぎて、もういつが命日かなんてはっきりしないのだけれど、年に一度だけ花屋で花を買う。自分で出すのではなくて。手向ける先がもうどこにもなくても。
「ん?」
「どうした?」
「このブーケガルニ、なんか変……?」
くん、と鼻を近づけてみる。俺の知っているものと香りが違う。
首をひねっていると、男がああ、と頷いた。
「鼻がいいな。この辺じゃローリエが採れない。だから別の似た匂いのヤツを使ってる。俺もローリエの方がいいんだけど、取り寄せると高いんだよな」
「乾燥でいいなら、たぶん、俺持ってるけど」
「ほんとに?」
「うん。えっと、どこやったかな」
雑に宙に手を突っ込むと、俺の肘くらいまでが消えて見える。普段、人前でこういう大道芸のような真似はしないのだが、男は〝平気な方の人種〟だ。
現に俺がこんな真似をしていても物珍しそうに見るだけで仰天しない。気にしなくてもいいだろう。気にしたところでこの見えない倉庫は俺にしか使えないし。
乾燥ローリエを瓶ごと渡すと男はちょっとだけ嬉しそうにした。
「随分、保存がいいな。もしかして、あんたも料理する?」
「まあ、するといえば」
技術というものはどんどん便利になるもので、今や、俺の料理なんて原始的なものに変わっている。振る舞うような相手もいないから、その分、時代に置いていかれるんだ。でも、食べることまで忘れたわけじゃない。
極端な話、俺の身体は、食べなくても、眠らなくても、勝手に息をしろと生かされる代物なのだけれど、食べない、眠らない、という選択肢を俺は取らなかった。
どれだけ歪んでしまっても、俺は結局のところ、人間なのだ。そこまで化け物になる勇気はない。食べなければ始まらないし、眠らなければ気分転換もできない。人間っていうのは、そういうものだ。
ではあるのだけれど。
ずい、と鍋とカッティングボードを差し出されたので、思わず面食らった。
「得意料理は?」
「え、何だろ。マッシュルームのポタージュ、ジャガイモのガレット。チーズ入りソーセージに……あと川魚の燻製と、簡単な菓子とか……」
『……またミルクスープ。私、丸鶏のチキンスープがいいのに。アルの好みにばっかり合わせて』
『諦めましょう、レインさん。所詮、私たちなんて天秤にかけられたら、十把一絡げの有象無象でしかないんです』
『いや、私、特別にミルクスープが好きってわけじゃないんだけど? ポタージュは好きだけど』
『ナレヤが勝手に買い物籠に牛乳放り込んだから、消費するために仕方ねぇの。レイン、お前こそコイツに好き勝手、釣りをさせるな。小魚だらけでどうやって保存するんだよ』
『だって、ナレヤが糸垂らすと勝手に魚の方から食いつくから。楽しそうだし。仕方なくない?』
『お前のコイツへの過度な甘やかし、ほんと何なの……?』
遠い記憶が刺激されて遠い目をしてしまった。俺の得意分野って、つくづくアイツら三人に侵蝕されてるよな。影響じゃなくて侵蝕。揃いも揃って人離れしてるくせに生活能力に欠けているもんだから、苦労したっけ。
揃って人離れしていたくせに、揃って俺を置いていった薄情者どもめ。
「へえ、美味そう」
「素人料理だよ」
「新しいレシピの匂いがしたら、なるべく食いつくようにしてるんだ」
「人に振る舞うなんて、えっと……少なくとも、三十年はしてないけど」
「料理って身体が覚えてるもんだろ?」
野菜のストッカーからマッシュルームとジャガイモが出てきた。お礼ってなんだったっけ。まあ、いいか。
「あ、それとその髪」
「?」
「それ、魔法で染めてるんだろ? そんなことせずに元の色に直せよ。サクヤにも会わせたいんだ」
サクヤ。恋人だろうか。確かにこのアパルトメントを見るに、一人暮らしというわけではなさそうだけれど。いや、でもそうだとしたら、男と恋人を会わせたいってなんだろう。
「あんたには、綺麗な栗色の髪の方が似合うって話」
「えぇー……?」
「いや、違う。俺はそういう趣味じゃない。純然たるヘテロだから。微妙に困った顔するな」
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