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※行方不明から帰って来た月城豊。
※1年前の災厄の内側と紀野さんを書くための物語。(が、まだ未登場。まだ未登場

桐花ちゃんとお茶会してたら本題が遠のいた罠。
じ、次回は、ちゃんと、あの日の話になる、はず!!





 結論から言ってしまうならば。
 僕はトンちゃんから向けられる罪悪感はお門違いだと思っている。トンちゃんだけじゃない。今の僕はトンちゃんとその家族――咲也さんや桐花ちゃんにも同じような視線を感じている。そして同じようにそれは不要な感情だと思っている。
 そもそも何故、トンちゃんがあれだけ避けていた僕に対して普通に振る舞うようになって、罪悪感なんてものをちらつかせるまでになってしまったのか。その因子となった僕の奇行とは何だったのか。そこから説明せねばなるまい。少し、退屈な話になるけれど聞いてくれたら嬉しい。
 転機は彼是1年とちょっと前にまで遡る。
 僕が何も考えずに生きていた――桐花ちゃんたちとお茶を飲みつつトンちゃんとは会話せず、弘ちゃんの空回りを皮肉って、クソジジィの戯言を聞き流し、店の魑魅魍魎たちに愛でられ愛でて、明日も同じように生きていけたらいいなと思っていた頃。
「月ちゃんはどこかにいきたいと思わないの」
 そう僕に訊ねたのは土間との敷居に腰かけて、足をぷらぷらさせた幼稚園児の桐花ちゃんだった。家の誰かとケンカをしてしまった直後みたいで、とてもつまらなさそうなムスっとした表情をしていたのを覚えている。
「どこかってどこに?」
「私はもうパスポート持ってるの。スタンプもついてる。ヴェネツィア・カーニバルも見たし、ベルニナ急行にも乗ったわ」
 桐花ちゃんは店の中のガラクタたちを、どこか眩しそうな目で見る。当時の僕はその目が言わんとしていることが解らなくて、首を傾げながら鉄観音を淹れていた。
「このお店はぎゅ、と世界が詰まってるみたい。月ちゃんの家族だって色んなところに行っているんでしょ? 月ちゃんは? どこかにいきたいとは思わないの?」
「その質問の意図するところは僕には理解できないけど」
 麩饅頭と鉄観音のティーセットを提供して、思いつくまま答えを並べた。
「団子が美味しい」
「うん?」
「水はお茶が美味しい軟水だし、警察もそこそこ優秀」
「……うん」
「それだけ」
「それだけ?」
「僕がここにいる理由。あ、あと店のみんながここを気に入ってくれてる」
 改めて考えてみるとここに僕を繋ぎ止めるものはそう多くない。多くはないけど結構、大事なことだと思う。水道から出てくる水をそのまま飲むことができる国は少ないのだ。あと何かあったっけ、と無駄に立派な家の梁を眺めていたら、桐花ちゃんが小さく噴き出した。
「弘平さんや義巳さんのことはいいの?」
「別にここから引っ越しても人間関係が終わるわけじゃないし。弘ちゃんはよっしーや僕と同じ高校に行く、って無駄に息巻いてるけど、ぶっちゃけて僕はもっと弘ちゃんに向いてる学校があると思ってる」
 本人が行くと決めたのだし、僕にも「高校生になっても弘ちゃんとバスケしたいなー」と口走ってしまった自責があるので何も言わないでいるけど。弘ちゃん、別に同じ学校の体育館じゃなくてもバスケは出来るんだよ? 肉屋のおばさんが勉強を頑張っている弘ちゃんを見て喜んでいるから、士気を下げる真似はしないけどね?
「やっぱり月ちゃん、おかしいの」
「そう?」
「そうよ。普通は最初に学校のこととか、トモダチのこととか、家族のこととか出てくるハズだもん」
「そうかな」
 学校。学歴主義とかいう言葉が闊歩しているけれど、そもそも僕は将来何になりたいかとかまだよくわからない。望んで生まれてきたわけじゃあないし、“何か”にならなければ生きていてはいけないなんてことはないと思う。世の中の高校生や大学生がみんな目的を持って学校を選んでいるはずもなし。
 トモダチ。僕の親友(?)といえば弘ちゃん。背の足りていない僕と違って、弘ちゃんはバスケ選手も狙える体格をしている。スポーツ推薦枠が充実した高校は他にもある。でも、弘ちゃんが選んだことなのだから、好きなようにやればいいと思って放置している。そんな僕は冷たいのだろうか?
 家族。言わずもがな、心配するだけ暖簾に腕押し、糠に釘。この家の家訓は「家族元気で留守がいい」なのかと疑いたくなる団欒率の低さ。それでも家庭崩壊なんて言葉と無縁なのだから、うちは希少種族なのかもしれない。
「そうよね。どこにも行けなくなったって、ここは別に悪いところじゃあないよね」
 ふと零された桐花ちゃんの呟きが引っ掛かって、僕はかぶりつきかけた麩饅頭を皿に戻した。なんだろう。上手く言えないけれど、なんとなく、それは。
「ちがうと思う」
「え?」
「どこにだって行けるけどどこにも行かないのと、どこにも行けないからどこにも行かないのは、似てるけど違うと思う。きっと大きく、何かが違う」
 そんな気がする。そう言ったら桐花ちゃんはとても静かに泣いてしまった。これも未だにトンちゃんには内緒である。
 桐花ちゃんは僕の家族が自由奔放に飛び回っているのを見て、疑問に思ったんだろう。家族は家族、僕は僕とはいっても日本には“血は争えない”という諺がある。でも、それを言ったら桐花ちゃんのお祖母さんは学者でうちのクソジジィのように各国を行き来している。それなのに、桐花ちゃんのお母さんの咲也さんは遠出さえしない。
 熱さが売りの少年漫画の主人公なら、ここで「行こうと思えばどこにだって行けるよ!」なんて言えるのかもしれないけど。そんなヒロイズムに目覚めていなかった僕は、大人しく冷たいおしぼりを桐花ちゃんに差し出した。
「月ちゃん。月ちゃんは知らなくていいよ。ううん、知らないままでいてね」
「うん」
「知らないけど、知らないのに、月ちゃんは解ってくれるの」
 だから知っちゃダメ、知らないでいて、と彼女は言った。先に結論を述べてしまうと、生憎、その約束は果たされなかった。


 そんな折。冬の雪がちらついた日のことだ。ベルベルこと小妖精(ピクシー)のベルダンディがうちの骨董品店に引っ越してきた。
「a、ah……ど、どうも! こ、こ、こここ幸福を呼ぶ妖精見習いのベルダンディです! 以後、お見知りおきゅ」
「……噛んだ」
「噛んだな」
「噛んだねー」
「むにー?」
「はうあぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさい、す、捨てないでくださいいいっ!」
 曰く憑きだということは買い取り手から聞いていた。まさか箱から飛び出て一発目に噛み芸を披露してくれるとは思わなかったけど。おかげで悪戯好きの克己やリオには未だによく遊ばれている。
 彼女の家――取り憑き先は、北欧の神話に登場する、とある首飾りをモデルとして作られたアンティーク・チョーカー。ほぼ捨て値で売買されていたところ、ゴリラ親父の目に留まり、うちに発送されてきたという経緯だ。ちなみに我が家で視えて聴こえるのは僕だけなので、あの年中半裸の変態野郎は「買ってみたはいいが、いまいち効果が判らないのでとりあえず送るな!」というふざけた手紙を付けてきた。実家を物置代わりにするんじゃねぇよ、ド天然クソ親父。
 少し埃を被っていたチョーカーを磨いて店先に飾ると、ベルダンディは涙目で……いや、もう泣いてたっけ。泣きながら「捨てないんですか?」と訊いてきた。
「何、捨てて欲しいの?」
「そ、そういうわけじゃないですけど……」
「幸運を呼ぶ妖精が憑いてる、っていう触れ込みなのに全然、効果がないんだって? それどころか不幸なことばっか起きるとか何とか」
「あ、う……」
 少し意地悪を言うとベルダンディ……面倒になってきた。ベルベルは真っ青になってしょぼくれてしまった。僕は溜め息を吐いて小さい頭(肩のりサイズだから本当に小さい)をぐりぐり撫でて言った。
「心配しなくてもこの店、常に閑古鳥だし。どうせ頑張り過ぎてドジ踏んで失敗してばっかとか、そんなのでしょ。話聞いたら何もしてないのに食器が割れたとか、庭の薔薇が全部枯れたとか、ちっさいし。不幸ってか不運でしょ」
「……でも」
「こういうの買う道楽野郎は無駄に高い代物が好きだからね。そーだな。マイセンのティーカップ割ったとかアバランチェの花畑枯らしたとか、そんなの?」
「な、なんでわかるんですかっ?」
「あのね。ここにいるのはそれなりにワケアリの曰く憑きばっかなの」
 にんまりと笑って観察している克己とリオを指して言う。むにちゃんは定位置である天井に張り付いていた。
「だからそういうのには馴れてるし。ついでに言うと、もし、本当に不幸を呼んじゃう系でも、僕はそういうの効かない質らしいから特に気にしない。まあ、何か起こったらそのとき考えればいいと思う。以上」
「……」
「何か質問は?」
「ない、ですぅ……っ!」
 鼻声でそう絞り出したベルベルはそのまま号泣し始めた。正直、耳がきぃんとして五月蠅かったので慰める役はみんなに任せて台所に避難した。2人並ぶのが精いっぱいな狭い台所では、店の魑魅魍魎の中で一番格が高い神霊シズクが笑いを堪えながらかぼちゃの種を取っていた。
「……ほうとう?」
「ほうや。ゆうちゃん、受験勉強するんやろ? 人間はあったまらななぁ」
「ん。これ好き。ありがと」
 何故だかよく誤解されるのだけれど、僕は別に天才なんてものじゃない。だから普通に受験勉強だってするし、考えもルールもなしにサボっているわけじゃない。サボりばかりなのに試験だけ良いのではなくて、その試験レベルの勉強を自主的に終えているからサボっているだけである。
 僕を天才と言うのなら、一度、本物の天才を知るべきだ。見たり聞いたりしたものを効率よく吸収して脳内で整頓できるのが秀才。天才とは見たり聞いたりする前に既に“知って”いるイキモノだから次元が違う。
 E判定の模試結果にぴーぎゃー言っていた弘ちゃんを思い出しつつ(僕は手伝わない)、牛蒡をささがきにしていると、興味深そうにベルベルの方を見守るシズクに気がついた。
「あの子、女神やね」
「女神?」
「うん。幸運の女神さんや」
 もう一度振り返って、早々に玩具にされているベルベルを見遣る。蜻蛉のような羽をへろへろ動かして下手くそな飛び方をする手のひらサイズの小妖精(ピクシー)にしか見えない。
「あれ、七宝の瑠璃やろ」
「シズク、包丁は指示棒じゃないよ」
 万能包丁の刃先が土壁にかけられたベルベルのお家――アンティーク・チョーカーに向けられる。いぶし銀の座金に埋め込まれたラピスラズリが、控えめに存在を主張していた。
「昔から幸運の石やいうて、人間は重宝しとってなぁ。最初はただの石やったのに、重ねてよう言われとると本当にそないな力を持ち始める。人間の影響力はこわいもんや」
「どう見てもせいぜい妖精にしか見えないけど」
「人間の“幸運”はどんどんようわからんなってなぁ。みんな、耕しいもへん田畑が一晩で実るとか、堰やら堤やら造らんで何もせんでも水害が起きひんとか、そないけったいなもんを幸運いわはる。……あ、今風なら空から銭金が降ってくるとかやろか?」
「地鎮祭で降ってくる五円玉みたいだね、それ。今風なら、宝くじの一等が当たるとかじゃない?」
「ああ! あれってどれくらいの“幸運”なん?」
「さあ。詳しくないけど人類が滅ぶくらいの隕石が地球に衝突する確率よりずっと低いらしいよ」
 とっちらかったシズクの話を纏めると、ベルベルは人間が“神様への願いのかけ方”を間違った果てに、力を失ってしまった女神様であるらしい。
 七宝の瑠璃、つまりラピスラズリが幸運を司る石というのは有名な話。でも、その幸運ていうものはたまたま買っていた宝くじが当たるだとか、偶然絶世の美女から告白されるとか、そういう棚から牡丹餅的なものじゃない。こつこつ受験勉強を頑張りますから当日の交通機関が麻痺したりしないようにしてください、まめな行動や気遣いを怠ったりしませんからどうか意中の人が気付いてくれますように。そういうのが正しい神様へのお願いの仕方だ。試練があってこその幸運というわけ。
 ベルベルのチョーカーを手に取った人は、要するにこう思ったわけだ。これで何もしなくてもお金に恵まれるし、人間関係も思いのままだし、世界一偉くなれるぞ!と。そんな願いが成就されるはずもなく、結局、八つ当たりどころはベルベルを貶めて「偽物じゃねぇか!」と憤ることに帰結する。そんなことを繰り返して、信仰心を失ったベルベルは小妖精(ピクシー)並の見かけにしかなれなくなってしまったと。
「よくわかんないな。なんでただ物を手に入れただけでそういう風に思えるんだろ」
「ゆうちゃんは神頼みせんさかいな」
「国民年金の受給額よりは全然信じてるし、頼ってるよ。明日の朝ごはん、卵焼きがいい」
「神頼みやなくておねだりやなぁ」
 今なら言うだけタダやから、何か言うてみ。
 言葉遊びの延長で、シズクはそう言った。僕は頭をフル回転させてそれっぽいお願いを考えてみる。勉強……できなくても死なない。家族……奴らの性格が今さら治ったとしてキモチワルイ。恋愛……神様の力で叶えてもな、っていう真面っぽい思考は僕にだってある。お金……日本の税率の暴力に晒されるのはイヤだ。
「明日、僕の世界がちゃんと廻っていますように。かな」
 そう応えたとき、シズクは声を出して笑っていた。結局あの日まで、僕の神様への願いが変わることはなかった。
 あの日、あの時、までは。


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