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2009/11/03first
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10/09

2024

※アルにゆるくお尻たたいてもらう
※スモアとカルツォーネ食べたい




「コード:CからRへ告ぐ。座標地点から4時方向。カウント30」
「目標補足。了解」
「Rへ告ぐ。243秒後、真下を5名が通過。速やかに制圧せよ、殺すな」
「了解」
「Rへ。10時方向へ3.45Km移動後、半径2kmを索敵。随時報告されたし」
「了解」


 連日、悪魔から飛ばされる指示は異常なまでに的確で無駄がないものだった。曖昧さが皆無なので問い返す必要もない。ビジネス相手としてはこれ以上なく優秀な雇い主だったが、ひと度、作戦指揮の舞台を下りると享楽的で人を喰った態度に様変わりするのが珠に瑕だ。
 今さらだが、その悪魔の名前はカシスと言った。本名なのか偽名なのかは聞いたことがない。だが、周囲の人間に別の名を呼ぶ者もいなかったので、長いことその名前で生きているんだろう。俺にくっついて行動するようになった少女は、たぶん、自分で考えた名前だ、と言っていた。カシスもコイツも親がいない。元はスラム街で2人暮らしをしていたところを、長兄のアルバートに拾われたという。
 アルバートともカシスとも血の繫がりはないようだが、それに頓着する様子は見せなかった。
「物心ついた頃は2人だったし、すぐに3人になったし。割と幸せだったから、あんまりいろいろ疑問に思ったことないなぁ」
 野外待機のテントの外でジャケットと毛布に包まりながら、少女はそんな回想をする。長兄とは12歳、次兄とは7歳、年の離れた妹だ。世間体には苦労しそうだが大事に育てられたんだろう。
 そんな手をかけたはずの妹を、俺のような掃き溜めの温床に突き落とす心理がわからない。
 ポケットストーブの火に翳していた鍋の中で練ったココアが艶めいている。クリームを溶かし、ミルクを注いで気泡が出る前にマグに移す。モドキではあるがベイリーズミルクの代替品だ。酒に弱い子ども向けの。俺にはやや甘ったるいが、別に飲み物を作るのも面倒なので仕方がない。
「飲んでおけ」
「コーヒーじゃないんだ?」
「アレは実は身体を冷やす。長丁場に向かない。眠気覚ましにはいいがな」
 ふぅん、と碧い目をきょときょとさせながら両手でマグを受け取って匂いを嗅いでいる。
 何か腹にも入れておくべきか。といっても食い過ぎも良くない。神経が鈍る。適度な糖分くらいで足るだろう。スモアでいいか。マシュマロに串を通したとき、ぽそりと少女が言った。
「レンって何でも知ってるし、何でも出来るね」
「馬鹿を言うな。そんなこと、あるわけないだろう」
 あるわけがない。具体的に言えば、今現在。5つも年下の女児の扱いが合っているかなんて、俺は知らない。
「えー、じゃあ出来ないことって何?」
「俺はお前の兄のように空は飛べない。同じようにフレームレート計算を頭の中で演算なぞ出来ん」
「いやぁ、アレはもう個性みたいなもんじゃん。あたしだってやろうと思わないって」
 天才二人を兄として持った妹としては大らかで擦れていない反応だ。ああいう手合いを兄弟に持ったら、普通は劣等感を募らせそうなものだが。疑問が顔に出ていたのか少女はうーん、と頬に手を当てる。
「そりゃあ、子どもの頃は羨ましいと思ったこともあるけどさ。……そういうことが出来るからって幸せか得かは、限らないと思うんだよね」
「……まあ、そうだな」
 ビスケットに挟んだスモアを渡してやると、少女は頬を紅潮させて齧った。溶けたマシュマロにあち、と小さく声を上げる。ハムスターのように頬を膨らませながら訥々と続きを口にする。
「散々、その恩恵に生かされてきて何だけどさ。アル兄もカシ兄も、空を飛べなくても、演算が出来なくても、幸せになれたらいいのにねぇ」
 いや、出来てもいいんだけど。っていうか、なんでもいいんだけど。
 そうして自分も幸せそうに笑う。得体の知れない不快感が込み上げて、マグの中身を飲んだ。
 そういうところだ。そういうことを何の葛藤も衒いもなく言えてしまうから、コイツは神とか世界とかの寵児なんだろう。当然のように人の価値を、わかりやすい能力や技術に換算しない。平気で聖女のようなことを口にする。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
 善い話を聞いているはずなのに、不快感が拭えない。カシスの言葉が頭の中でリフレインする。いつか天に召し上げられたとか、星座になったとか、美辞麗句で塗り固められて骨も残さず消える。
 ――だからって、俺にどうしろというんだ。
 どうにかする術なんて、俺は知らない。俺に何が出来るというんだ。


 あの白髪は悪魔であるが、それ故に契約はきっちり守る人間だった。
 おかげで俺はかつてないほど、懐に余裕を持った生活をしている。住居の家賃も何ヶ月かごとに纏めて支払われているらしく、毎月出ていく金の心配をしなくてよくなった。銃と刀のメンテナンス用に貰った一室には定期的に必要な道具と工具が搬入される。他の悩みの種は増えたが。
 そういうわけで夕食をトラットリアで済ませる機会も増えた。自炊は嫌いではないし、特に苦でもないのだが、ふと億劫に感じる一瞬はある。店で大量に作られたものの方が美味い料理だってある。酒も同じだ。飲みたい銘柄が必ず家にあるとは限らない。
 近所のトラットリアでアペロールを舐めつつ生ハムとイチジクを齧っていたら、ふいに頭上が翳った。
「よっ、お疲れさん」
 三兄妹の長兄、アルバートだった。片手にライムの浮いたスプリッツァーを持っている。無意識に届いたばかりのムール貝のグラティナータを引き寄せると、軽い口調で、つれないな、などと返ってくる。
「ひとりで酒飲んでメシなんて寂しいだろ。混ぜてくれよ」
 是も非も返していないのにテーブルの対面に腰掛けるので、溜め息が漏れた。ウェイターを捕まえたアルバートは好き勝手に数品、腹持ちの良さそうなものを選んで注文した。
「先に言っておくが俺は奢らんぞ」
「さすがに6つや7つも下の青少年に金を出せなんて言わないさ。それより、ツマミだけじゃなくてちゃんとメシを食えよ」
「一日に必要な栄養分は摂っている」
「お前、ときどきカシスみたいなこと言うな」
 知らず眉を歪めてしまった。別にあの悪魔を毛嫌いしたいわけじゃないが、一緒にされると得も知れない不快感に襲われる。
「大体、なんでこんな場所にいるんだ。お前、家で飯が出るだろう?」
「弟が出向で不在なんだ。おまけにスオミを妹に取られちまったんだよ。なんで、今日は寂しくお一人様ってわけ。本当に一人でメシを食うのも寂しいだろ」
 二度目の溜め息を吐く。スオミというのはサルバドル・ファミリーに属している専任の医者だ。数年前に東欧あたりでこれまたカシスがスカウトしてきた医者で、今はアルバートの婚約者になっている。今でこそあのあたりの紛争は落ち着いているが、小競り合いで疲弊した国境の村を渡り歩いていた傑物だ。
 アルバートもスオミもカノンとは10歳以上離れている。年の離れた天真爛漫で危なっかしい妹を殊更に可愛がっていた。可愛がっているのに、その妹が得体の知れない傭兵モドキに懐くのは止めない。まったく以て解せない。
 アルバート曰く。
「まあ、カシスが言うなら何か考えがあるんだろ」
 スオミ曰く。
「家族以外の男性に馴れることはカノンにとって悪いことじゃないわ」
 前者はともかく後者は正論と言えば正論だ。相手が俺でなければ、だが。
 三人前はありそうなプッタネスカとカルツォーネがテーブルに届いた。ひとつ取り上げて皿を押し出されるので、諦めて俺もグラティナータの皿を中央に配置し直す。ご満悦そうなアルバートがラグーソースのカルツォーネを齧る。
「うん、スオミとカノンが作るヤツの次くらいに美味いな」
 比較対象で度合いが知れる。三人の兄妹とスオミが居住している家は〝丘の家〟と称されているらしい。図面をひいたのはカシスだが、主に土木作業を担当したのはコイツなんだとか。ひとりで、と浮かんだ疑問はすぐに消えた。何せ、あの日、俺がいた教会の塔の一室を吹き飛ばしたのはアルバートなのだ。
「お前、一度くらいうちに来いよ。メシ食いに来るだけでもいいからさ」
「平気で他の家庭のテリトリーに踏み入るほど不躾じゃない」
「家人が招いてるんだから、断り続ける方が不躾だろ。カノンの作るメシは美味いぞ。食いたいだろ」
 三度目の溜め息。どうしてそういう結論に至る。食いたいと言えばそのまま約束になってしまうし、食いたくないというのも角が立つ。返事のしようがない。頭痛がする。
 俺は兄妹や未来の奥方との団欒を邪魔する気はない。俺はあくまで家庭教師(カヴァネス)のようなものであって家族じゃない。そこまで図々しい人間じゃない。
「可愛いだろ、うちの妹。年頃なのに浮ついた話題がないんで心配してたんだよな。そろそろキスくらいしてやってくれよ」
 あけすけ過ぎる物言いに咽かけた。あの弟あってこの兄ありか。いや、逆か。どっちでもいいことだが。
「馬鹿か、お前は。どこに妹の不純異性交遊を推し進めようとする兄がいる」
「ええ? だって、もう知ってるだろ。ちょっとは俗世に塗れてもらわないと、兄としてはそっちのが心配だよ。役得じゃんか。何もキスのひとつでその女の子と結婚しなきゃいけないなんて法律はないぞ?」
「法の外側でドンパチしている一員が法を語るな」
「まあ、それは確かに。でもな、俺は本当に妹が大事なんだよ。弟もだけど。なのに、いつかふわっといなくなるなんて考えたくもない」
 色素が薄めな青い瞳が遠くを見る。
「初めて会ったとき、カノンはまだ3歳だった。こんなに小さくてさ。栄養不足で痩せてるのに手はふくふくしててさ。繋いでると握り潰しちゃうんじゃないか、って心配になった。心因性の緘黙症で声が出ないのに、一生懸命生きてるんだぜ。嫌だよ、俺。あの妹が神様に取られちゃうなんて」
「どこの馬の骨ともわからない男に取られるのはいいのか」
「見えない話せない神様なんかよりよっぽどいい。大体、お前はカノンの固くて高い天然ガードを突破しちゃったんだろ? おまけに空を飛んでいたり、見たものを全部覚えていたりする奇天烈な兄がいても気にしない。馬の骨でも一番いい馬の骨ってことだ」
 なんだ、その荒業もいいところな論法は。聞いたことがない。
「相性が悪そうなら俺だってこんなことは言い出さない。お前がカノンとどうしても合わなくて、キスのひとつもしたいと思わないっていうなら、それは仕方ないことだ。でも、そうじゃないだろ?」
「まだ14だろう」
「もう14の間違いだろ。恋に恋していい年頃なのに、まったく面食いじゃないから、どんなに顔がいい男にも見惚れたりしない。ガラスの靴にも、いばらの棘にも憧れない。不健全だと思わないか? 大体、気づいてないのか?」
「何に」
「さっきからお前が言い訳にするのは年齢のこととか、一般的な倫理観のこととか、そればっかりだぜ?」
 そのとき、初めて皿にフォークをぶつけてしまって音が出た。テーブルの向こうでアルバートがにやりと笑う。兄と弟で、そんなところばかり似ている。厄介な。
「身内の前で兄妹を貶すほど、礼儀知らずじゃない」
「ふぅん? まあ、いいや。そういうことにしといてやるよ」
 とりあえず、食おうぜ。そう言ってまた新しく届いた皿を押し付けてくる。ナッツを丸のまま飲み損ねたような違和感が喉元に込み上げて、無理矢理アペロールで飲み下した。
 なんだって俺なんだ、という想いがずっと腹の底で煮え立っている。
 男なんて世の中に星の数ほどいるだろう。アイツの性分や危険性を理解できる男も、コイツら兄の特異性をただの個性だと片づけてしまえる人間も。俺はちょっとばかり出自が特殊で、年の割にいろいろなものを見聞きしてしまったから動揺しないだけだ。何もこんなハズレくじを選ばなくたって、そういう男は他にもいるだろう。
 確かにカノンの傍にいれば俺はもっと〝長持ち〟するんだろう。だが、それを考えると今だって罪悪感と自分への嫌悪感でうっかり死にたくなる。なんて身勝手な。14歳の少女を利用してまで、生き汚く足掻くのか。冷静に考えろ。そんなことが許されていいわけないだろう。
「今すぐとは言わないけど。せめて、あの子を神の子から女の子にしてやってくれよ。ブラウスとミニスカートを着てデートしてみたい、って言い出す程度に。俺だと髪をショートカットにさせないので精一杯なんだ」
 なんだ、その難題は。俺が女児の服装に詳しいように見えるなら眼科に行け。
 内心で毒づきながらだんまりを決め込んでいると、アルバートはあーあ、と大きく息を吐きながら伸びをした。
「妹も心配だけど、弟も心配なんだよな。どっかにアイツを丸ごと理解して惚れさせるくらいの傾国の美女はいないもんかね」
「……さあ、知らん」
 さすがにそれには無責任に星の数ほど女はいる、と言えなかった。


 いろいろな問題を棚上げして、固辞していた俺だが、少なくともブラウスとスカートの問題については早々にそうも言っていられなくなった。
 何故ならアルバートが言うところの〝傾国の美女〟なる、あまりに奇特で重篤で、ついでにお節介極まる女が現れてしまって、俺のときと同じようにカノンが非常に懐いてしまったからだ。
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