2009/11/03first
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2024
※妖精による神様談義
※人は地球に優しいことしてないから地球が人に優しいと思わない方がいいよという話
※人は地球に優しいことしてないから地球が人に優しいと思わない方がいいよという話
ぐちゃぐちゃな精神面はとりあえず切り離すとして、仕事としてはやらなければならないことがある。
「お前が言っていた〝神様〟とやらは、よく話しかけてくるのか?」
本人の行動やら交流やらを縛る気はさらさらない。ただ把握しておかなければならない範囲というものがある。普通の友人関係というのなら口出しなどしないのだが、さすがに相手が問題だ。
友人が〝神様〟という点ではない。それをヨーロッパで口にしてしまうのが問題だ。俺はまだいい。ドイツの辺境の出ではあるが、無宗教であるし、八百万の神という日本の概念も理解している。だが、周辺諸国の国教は基本的にキリスト教なのだ。ましてやイタリアなどカトリックの主権国家を抱いているせいで敬虔な信徒が多い。そしてカトリックの一神教と日本のアニミズムは、残念ながら交わることのない水と油である。町の真ん中で神様がどうの、と口にするのはあまりよろしくない。
その辺りをこの妖精が理解していればいいのだが。
こちらの心中を知ってか知らずか、我が物顔で俺のアパルトメントのソファに陣取り、アジア圏の料理本を捲っていたカノンは悩ましげに腕を組んだ。
「どうだろ? キョウちゃんは結構、こっちに話しかけてきてくれるんだけど、もうひとりの方はあんまりかも。こっちを見てるだけのときの方が多いというか。うーん……」
「あの他にもうひとりいるのか?」
「うん。キョウちゃんは赤くて火とか石の匂いがするでしょ? もうひとり、あれは……うーん、黒っていうか紫っていうか、紫のチューリップ色っていうか。水と樹の匂いがする子が見てるときがあるの」
天性のものなのだろう。神様だろうが精霊だろうが、この妖精は実にナチュラルに独自に分類する。長兄や次兄と違ってファジーな部分が多いのだが、あの次兄を以てして「アイツがそう言うからにはそうなんだろ」と言わしめる直感の持ち主なので無視もできない。
「黒い子は、なんか不思議なのよね。あたしも謎なんだけど、なんであんな表情してるんだろ」
「表情?」
「うん。何かすっごく申し訳ない、っていう態度で距離を置かれてるっていうか。ずっと謝りたくてもそうできないっていうか。一言で言うのが難しいんだけど」
「お前、そっちの神とやらに何かされたのか?」
「うーん? 覚えてる限りは何も」
「赤い方は何か言ってるのか?」
「黒いヤツにも事情があるんだ、みたいな? でも、やっぱり詳しくは話せないみたい」
まあ、他所の国の他所の神が抱える事情を気にしたところで仕方がないのかもしれないが。だが、日本に立ち入ったこともないコイツに引け目のようなものを感じている神、というのも特異過ぎる。だとするならば、カノンという個体そのものではなく、コイツの本体にというのなら? 黒いヤツは地球に一体、何をしたのだろうか。
「もうひとつ、気になるんだけど、その黒い子はやっぱりアル兄やスオミに似てるのよね」
「は……?」
「こう、キョウちゃんとはとても近いというか、すごくフランクに話せるの。でも、黒い子の方は頑張らないと難しいというか……フランス語の文化圏で話す感じ?」
「……意思疎通は出来るが、使っている言語が違うから細部まで読み取れない。そんな感覚か」
「うん、そんな感じ!」
そんな感じ、ではないのだが。悪魔の言っていたことが本当なら、その黒い神は宇宙人ということになる。宇宙人の神とは。
――いや、でもそうか。
地球外生命体が存在するというのなら、そこに別の文化や技術が育っていてもおかしくはない。もちろん宗教も同じこと。地球外の神が地球の日本に飛来する状況というのは、些か想像し難いが。
そんな神が地球の妖精に謝罪したいこと、とくれば何があるだろうか。侵略戦争でも始まるのか? いや、アルやスオミが存在している以上、既に過去に歴史の裏側でそんなことがあったとでも? 宇宙人の存在もアメリカあたりでは大真面目に研究されているオカルトだ。絶対にないとは言えない。いよいよSFの映画染みてきたが。
――しかし、本当にそうなら地球の末端神経であるカノンが、まったく悪感情を抱かないというのも。いや、待てよ。
「相手の態度だとか理由だとかはさて置いて、その黒い神のことはどういう風に感じてるんだ?」
「うん?」
「話をしていなくとも。近寄り難いだとか、距離を置くべきだとか。お前は特に敏感だろう?」
クッションを抱いた妖精は無邪気に、そして残酷に首を傾げた。
「いや、別にそういう感覚はないかなぁ」
ああ、やっぱりな。それが地球の本音なのだろう。
俺が立てた仮説が真だとして。過去に地球外の生命体が、何かしら地球人に干渉し、アルやスオミのような生命が生まれたと仮定して。
たぶん、地球の方は何とも思っていないのだろうな、とひとり納得する。要は星の方は地球人に大して興味を持っていないのだろう。極端なことを言ってしまえば人類が絶滅したところで、星が気に病むかと言えばそんなことはない、という非常に人類としては残酷な話だ。
――まあ、人類が地球に優しいかと言えばそういうわけでもないしな。
星そのものからすれば自分の身体の表面で、定期的にざわざわと蠢く蟻の軍隊なぞ鬱陶しいだけだろう。残念なことに大気も大地もそして海も積極的に汚しているのが人間という現状だ。優しくしていないのに優しさをくれというのは傲慢が過ぎるというもの。
そんな困った人類だが、それでも確かに自己から生まれ落ちてしまったものなので。許容し、赦免し、気紛れに慈しんでいる。だが、たぶん、滅んだところで涙は流さない。考えるに地球の意志というのはそういうものなのだろうな。やや嘆かわしくはあるが。嘆かわしくは感じるが、本当に嘆いたりはしない。人類がそうであるように、俺だって特別に地球自体を愛しているわけではないので。
そうなると、その黒い神は随分と律儀で人間らしい感情を持ち合わせている。まあ、あくまで俺の仮説が正しければ、の話だが。
「しかし、随分と自由に出没する神だな?」
縁があるルナがこちらにいるのだとしても、行き来が自由過ぎる気はする。神やら精霊やらに物理的な距離を引き合いに出しても仕方がないだろうが。土着の信仰には縛られない神なのだろうか。
「ううーん。なんか、キョウちゃんも、黒い子も、今は世界中に散らばっちゃって大変なんだって。よくはわからないけど」
依り代の移り変わりだとか、信仰していた部族の分散だとか、そういう話だろうか。何にしても一神教が蔓延る中で気軽にアニミズムの話をするのはよくない。
一応の釘を刺すと、カノンは意外に素直に頷いた。そういう生存能力に特化したところは、まあ、言いたくないが次兄譲りなのだろうな。まったく。
「そういえば、話は変わるんだけど」
「なんだ?」
「カシ兄、最近、煙草の量減った?」
「は……?」
――いや、そんなことはないだろ。
今日とてやたらに煙たい事務所の空気を吸い込んで自答する。むしろ増えていないか。心なしか視界さえ悪い気がする。受動喫煙で肺がんになりそうだ。
溢れたくず箱の中にはカートン買いしているらしい空ケースばかりだし、灰皿には底が見えないほど吸い殻が積もっているし。無言で換気扇の出力を最大にしながら息を吐く。窓を開けたいところだが、この事務所は外からの干渉を歓迎しないので望ましくない。
「また何か機嫌を損ねるようなことでもあったか」
「あ? 何がだ?」
「俺はお前が狭心症になろうが肺がんになろうがどうでもいいがな。このペースと量はどうにかしろ。煙たくてかなわん」
この悪魔のヘビースモーカーぶりときたら、スオミが頭痛を堪えて投げたい匙をどうにか握っているレベルというから始末が悪い。コイツは基本的に生き汚い部類に入るが、その生き方がどうにも太く短くという方向に出来ている節がある。
好き嫌いがほぼないという、一見、長所にも見えるそれはそれだけ食への拘りがないという意味だ。未だに水と砂糖があれば何日か生きていけるとタカを括っている。飲酒に関してはザルでいくら飲んでも顔色が変わらないし、正体も失わない。おかげで非常にこの職業向きではあるのだが。
まあ、わざわざスオミを探し出し、面倒極まる俺を引き抜いて妹の保護者に据えているあたり、考えが透けて見えなくもない。喜び勇んで死にはしないが、いつどんな形で死んだとしてもどうにでもなるよう、身なりを整えている空気は感じる。言ったところでお互い様なので、その方面に口出しはしないが。
ぴくりと目を眇めた悪魔は、不愉快そうに腕を組んだ。
「なるほど? ……ふぅん、なるほど。奇怪な知見を得たな」
「は?」
「いや、別に。お前には関係のない話だ」
そう言ってまた一本、真新しい煙草をケースから引き抜くのだから、本気で他人の話を聞く気がない。まあ、今さら聞いても気味が悪いか。
後から思い出せば非常に余計なことを口にしたと思う。だが、仕方がない。コイツの家の自室で秘書紛いの仕事を始めたルナが、馴れない煙草の煙に小さく咳をしたことなんて知らないし、その咳をまさかこの悪魔が気にかけたなんて知る由もない。ましてや、このとき初めてこの悪魔がその本来あり得ない己の行動パターンについて分析して、「まさかな」程度の自覚に辿り着いたなど知れるはずもない。
「お前向きの案件がひとつある」
綺麗に話題をぶった切ったカシスがグリップで留めた資料をデスクに放った。いつものことなので気にせず放られた書類を拾い上げて意識を向ける。
「東部の不毛地帯? あそこは大英図書館の直轄地じゃなかったか?」
「そうだな。もう何年か前に大英図書館お抱えの錬金術師の屋敷があった場所だ。今はぺんぺん草さえ生えない、文字通り死んで呪われた土地だがな」
大英図書館はその名の通り、英国が誇る大図書館だが、この道にいる者なら誰でもそれだけではないことを知っている。あそこは世界中に支部や管轄地を持つ巨大な魔術師、占星術師、もしくは錬金術師のギルドのようなものだ。ギルド、と称するには少々生臭く、権力闘争に意欲的すぎる気もするが。ともあれ、世界中に散らばるそのテの能力者にとって大英図書館に認められた、というラベルは非常に価値の高いものになる。
もちろん、いろいろと制約も規定もある。その掟を破った者への私刑は残虐だが、そもそも扱っているもの自体が古代のオーパーツだったり、歴史からは遺失したはずの古書だったりするので、理念としてハイリスク・ハイリターンが基本なのだろう。
その大英図書館に先祖代々認められていた錬金術師の家系が、数年前に丸ごと、人も屋敷も消え失せるという大事が起こった。公的には手掛けていた錬金術の儀式の失敗、とシンプルに誤魔化されているが無論、実情は違う。
「確か、聖母を〝錬成〟しようとしただとか。そんな話だったか」
「そうだ。まったく馬鹿げた話だな」
キリスト教徒は〝神〟は作れない。彼らにとって神とは唯一無二の存在であって、三位一体説なんてものが真剣に議論されるほどにセンシティブな話題だ。しかし、神の子を産んだ聖母はまた少し違う。
なんでもその錬金術師の家系は、年頃の娘の肉体を媒介に〝聖母〟を創ろうと画策したらしい。
清い身体のまま、胎の中に無垢で聖なる存在を宿す〝聖母〟。成功した暁にその錬金術師は〝神の子〟を得る予定だったとか。要するにまさにカノンのような存在を人為的に造り出し、手に入れたかったと。俺にはまったく以て、その考えは理解し難いが、結果を見ればおそらく出来なくて正解だ。今、その何もなくなった場所では容ばかりの〝聖母〟の抜け殻が土地を呪い続けているのだとか。
理を歪めかけた錬金術師の屋敷は突発的な暴風と地割れに襲われた。それは少しマイルドな言い方で、実際には次元だとか断層だとか、もっと深刻なものの裂け目に堕ちていくことになったのだろう。それでも不毛な土地と一握りの人間が生き延びたのは、当時、その錬金術師の家に滞在していた東洋人の魔術師がどうにかこうにか人災を食い止めたからだと言われている。
――まあ、それもそれで事実なのか怪しいものだが。
功績を称えて大英図書館はその東洋人を英雄として召し上げたらしいが、その時点で既にきな臭い。
滞在していたなら、そんな儀式を最初から止めなかったのか、という話になるはずである。罪人として裁判にかけるでなく、英雄というらしい言葉で飾って封じているあたり、大英図書館にも何か隠したいものがあるということに他ならない。
「俺向きとは、どういうことだ」
「何、数ヶ月後にその〝英雄〟様がその不毛の大地を浄化すると声明が出てな」
「はあ?」
馬鹿な話だ。死海を普通の生物が生きられる環境にするだとか、バミューダトライアングルの磁場や天候を正常にするだとか、そういった無茶ぶりに等しい。それだけで真っ当な手段ではないことが窺える。具体的に言えば命のひとつやふたつは厭わないような。
「これまでしっかりと首輪と手錠で繋いでいた〝英雄〟を表に出すんだから、まあ、平和的な術式ではないだろうなぁ?」
「……口封じか」
「ヤツらの性質上、順当に考えるならそれを狙うだろうよ」
真っ当ではない手段を用いて不毛の大地を救い、当時の生き証人であろう〝英雄〟を始末する。その〝英雄〟は死して再度、〝英雄〟になるのだろう。一石二鳥というわけだ。大組織ならまあまあ使う手だ。非道ではあるが効率的。
「まあ、依頼者がいるわけでなし。お前がやらないと言えば、俺はこの話を聞かなかったことにする。大英図書館子飼いの東洋人がひとり死ぬだけだ。どうする?」
「その東洋人は生かす価値があるのか?」
「さあ。これは俺の主観であって一般論じゃあねぇが、死ぬまでに人のひとりやふたりは助ける人間だろうなぁ」
「……」
『恨むのも憎むのも、わしだけにしておけ』
俺に選択肢などない。
「引き受けよう、その仕事」
最初から、そんなものは、なかったんだ。
ぎし、とドアノブが回る音がしてベッドから身を起こした。
「よう」
「なぁに、カシ兄」
開く前に立っている人間は解っていた。スオミかルナならちゃんとノックをするし、アル兄の場合は少しだけ空気が震える。何もなしにあたしの部屋のドアを押し開けるのはカシ兄くらいである。
冷静に考えると悪癖なんだろうけど。二人で暮らしていたスラムの小屋には鍵らしい鍵なんてなかったし、なんていうか、今さら感がある。まあ、カシ兄はあたしの胸やお尻になんてさらさら興味ないしな。
なお、真面目なスオミやルナには怒られるんだろうなぁ、と思うので沈黙している。
「何かあった?」
カシ兄が自分の足であたしの部屋を訪ねるなんて珍しい。いつもなら呼びつける側のくせに。
薄っすらとした悪人面の笑みを見て悪寒がした。何か企んでるなぁ、コレ。わかるよ。何年、妹やってると思ってるんだ。
「お前、お前が懐いている男の正体を知りたいと思わないか?」
ほら、やっぱり何か企んでるじゃんか。
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