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堕ちるし、溺れるし、燃えるし、焦がれるし、狂うし。果てはそのものに恋をする。まったくもってとんでもない。
※都内で相次ぐ連続自殺事件を多方面から語るモノ語り



「まったく、嫌な繁盛の仕方です」
 花屋は端的にそう嘆いてみせた。その手元では白菊やら白百合やらが花鋏で綺麗に整えられてバケツに溜まっていく。
 繁盛するならそれ以上のことはないだろう、とは大江も言えなかった。口をつける今朝の珈琲は酸味が強い浅煎りの豆だった。
「すいません。あの」
「はい。何をご入用でしょうか?」
 滅入った様子で花を手入れしていても、店頭からか細い声が聞こえればぱっと華やぐ笑顔を浮かべるのはさすがとしか言いようがない。優男の見た目に反して、割と商魂たくましいのだ。この花屋は。
「あの、お供えようの……ええと、なんていうんでしたっけ、こう、キクとか」
「供花ですね。不躾ですが、ご予算はどのくらいでしょうか?」
 店頭をうろついていたのは制服姿の女子高生3人だった。たどたどしい彼女らの注文にも花屋は終始、穏やかに接する。
 遠目から見ることは多くとも、いざ買うとなると花というものは意外と高い。高校生の財布から告げられた値段を聞いて、花屋はつい今の今まで手入れしていたカーネーションを束ねることにしたらしい。母の日なんて健気な祭りごとにも使われるそれは、比較的安価で妥当なところだろう。
 白い花束を透明なクレープペーパーで包んだところで、花屋は少女たちにリボンの色を尋ねる。たどたどしくも目を赤くしてハンカチを握っているのが一人、その少女の背中を摩って宥めているのが一人、同情的な目をしながらも何やらきょろきょろ忙しなく店内を窺っているのが一人。
 少女たちは首を吊った子が好きだったというオレンジ色のリボンを選んだ。どうせすぐそこで手放されてしまうとわかっていても、花屋は至極、丁寧に艶のあるオレンジを結んだ。
 少女たちは各々複雑な表情を浮かべながら、それでもちゃんと頭を下げて花屋を後にした。「ありがとうございます」とそれを見送ってから、花屋は深々と今日何度目かわからない溜め息を零す。
「供花なんて、一年中、束ねているんですがね。月命日とかありますから。でも、さすがに気が滅入るというものです」
「そりゃ、そうだろうだな。やるせない世の中になったもんだ」
 何せ、供える仏が歩いて3分の位置にいらっしゃるのだ。心中まで菩薩でいられるはずはない。たかがアルバイターだとしても、愛でられる花を束ねる方が楽しいというものだろう。
 かく言う大江の方も花屋に同情染みた考えを隠し切れなかった。自分とて先日の雪と梅のツーショットがお蔵入りとなったからだ。
「そういえばさっきの3人のひとり。やたら店内きょろきょろしてたが、声かけなくて良かったのか?」
「ああ、おそらくあれは」
「花屋さんの髪の毛を探していたんだよ」
 花屋のものよりもさらに高いボーイソプラノが後を継いだ。聞き覚えがある、というか先日聞いたばかりの声に驚いて振り返ると、相変わらず真っ白な出で立ちのあの少年が立っていた。
「おや、珍しいこともあるものだね。君の方から訪ねてくるなんて」
「知り合いなのか?」
「そういうおじさんこそ、花屋さんと知り合いだったんだ?」
 深雪と同じ色をした少年は、しかし、雪とともに消えたりはしなかったらしい。躊躇いなく店内にずかずかと入り、大江がいるレジ脇の狭いスペースに押し入って、我が物顔で開いている椅子を引き寄せた。
「珈琲、僕も欲しいです」
「君、ここが何屋だか知ってる?」
 呆れながらも花屋は少年を無碍に扱う気はないらしい。奥に向かった先で珈琲の香りが立ち上る。
「よう、生きていたか。少年」
「残念だけど雪と一緒には融けられなかったよ」
「何よりだ。ところで今のは一体、何の話だ?」
「おじさんが飲んでるなら、僕だって花屋さんの珈琲飲んでもいいんじゃない?」
「違ぇよ。髪の毛がナントカって方だ」
 どうにも会話のテンポが半歩ズレる少年だ。半歩早いわけでもなく、遅いわけでもない。ズレる。わざとか天然かは今一つ掴み切れない。
 少年は軽く「ああ」と納得した。
「女の子の間で流行ってるおまじないだよ。やり方も特別、珍しいものじゃなくてね。お守りの中に好きな人と自分の髪の毛を入れて持ち歩く。相手が運命の人なら、自分の左手の小指にオレンジ色の糸が見えてくる」
「……オレンジ?」
「オレンジ」
 つい先刻、目にしたばかりの色だったので大江は思わず花屋のアレンジメント棚を見た。リールから鋏に切られたばかりのオレンジ色のリボンが垂れている。
「ちょっと面白い話ではあるよね。運命の糸とくれば赤が相場なのにオレンジ。こっちの真偽は定かじゃないけど、派生して恋人になれれば赤くなるとか、切れてしまったら青くなるとか、もっともらしい噂もたくさんあるよ」
「ほーぉ。また独り身の中年には甘酸っぱいおまじないがあったもんだな」
「恋に関するおまじないなんて、時代に合わせていくらでもあるよ。消しゴムに好きな人の名前を書いて使い切ったら叶うとか、自分の携帯電話で自分の番号にかけたら運命の人を教えてくれるとか。いつの時代も人間は自分の恋心に熱心だ」
「アオハルってやつか。羨ましい話だねぇ」
「堕ちるし、溺れるし、燃えるし、焦がれるし、狂うし。果ては恋そのものに恋をする。まったくもってとんでもない」
 若者らしからぬ声でそんなことを宣う。少年もまた恋に恋をしていていい年頃だろうに。
 奥から花屋が戻って来て少年にマグカップを差し出す。中身はカフェラテらしく、ミルク色の渦が巻いていた。
 花屋はサービスは終えたとばかりにバケツの前に戻る。再びぱちん、ぱちん、と花鋏の音が鳴り始めた。
「それで? お前さんは雪の精でないなら、何者なんだ?」
「うん?」
「とぼけなさんな。雪さえ降らなければよかったのに。そう言ったのはお前さんだろ?」
 少年はマグカップを両手で包みながらうーん、と唸った。まさか昨日の今日で記憶が飛んでいる、なんてことはないだろう。
「お前さん、識っていたのか?」
 未来視か千里眼か。そういった測れないものが存在してしまうことを大江は知っている。この不可思議な風貌で普通の眼をしているとも考えづらい。
 だが少年はゆるゆると首を振った。
「それは本物の未来視と千里眼に失礼というものだよ。僕は少しだけ目と耳が良くて、直感が鋭い。ただそれだけでしかない。おじさんだって、目はいい方でしょ?」
「じゃあ何で予言できた? 雪が降らなければ8人目は首を吊ることはなかったのか?」
「それはちょっと違う。語る順序が逆だ」
 言って少年は花屋がレジ脇に置いている小さなバスケットからマシュマロを拝借する。ぷかりとミルク色の珈琲の上に白い塊が浮いた。
「雪が降らなければ自殺しなかったんじゃなくて、”雪が降ったから”あそこで自殺したんだ。自殺自体は止められない。既に手遅れだったからね」
「手遅れ?」
「そう。あそこであったことに大した意味はないんだよ。雪が降らなければセキュリティの甘いビルからの転落だったかもしれないし、線路の上に飛び込んでいたかもしれない。自宅の浴槽だったかもしれないね。何にせよ、人はボールペンの1本でもあれば死ねるように出来ている」
「死ねる環境があるならどこでも良かった、と言いたいのか?」
「結果的にね。でも、彼女にあったのは死滅願望なんてものじゃないよ。ただ高いところに昇れば落ちたくなるし、鋭いものを見れば切りたくなる。そんな衝動に動かされていただけ。そんなものを止めるにはそれこそ専用の監禁部屋でもなければ無理だ」
「じゃあ何故、雪が降ったらあそこだったんだ?」
「至極、単純な話さ。おじさんは何で、あの朝にあの写真を撮ろうと思ったの?」
 大江はあの朝を思い浮かべる。大したことではない。あの梅の木が咲き始めているのを知っていて、あの朝に雪が降っていて、雪の降る梅の木はさぞや美しいだろうと思って。
「――おい、まさか」
「その通り。彼女も雪と梅を見た。そして思ってしまったんだ。ここに佇むことになるのなら、それはなんて美しい光景なのでしょう。……ってね」
 だから、雪さえ降らなければよかったと言った。
「……本当に止められなかったのか?」
「少なくても僕には無理。言ったでしょ。日本に帰ってきたばかりだって。その時点でもう8人目は手遅れだったんだ。彼女はね」
 平坦な声で少年は語る。若干、倫理観にズレはあるが、けして薄情というわけではないのだろう。
 「手遅れ」と推察するには、その人間を救えるか否かを考察した人間しか断言できない。少年は8人目に対して考察した。おそらく、赤の他人である彼女を。その結果が芳しくなかったというだけの話だ。
「本当に自殺は8人で終わるのか?」
「自殺はね」
 含みのある言葉が返って来る。大江は深く溜め息を落とした。自殺は。自殺は終わってもオフィスのかわいい後輩の不調は終わらないことを、なんとなく感じ取った。
「……ご馳走さん」
 大江は温室の温度を調節していた花屋に一声かけて立ち上がった。外に出て冷たい空気を吸い込むと、店頭から少し離れた場所で煙草を咥える。火を求めてコートを探るが、ポケットの中が空だった。どこに仕舞っただろうか。
 なんて考えているうちに、目の前にかしゃりと灯りが昇った。
「おい、少年」
「僕のじゃないよ」
 追いかけてきたのか、たまたま彼も珈琲を飲み終えたのか。少年が持つ鈍く銀に光るジッポに火が灯っている。
 有難く煙草を近づける一方で、一抹の不信感を持って咎めるように言うと、すぐに否定が返ってきた。その割には慣れた手つきでジッポを閉じる。が、確かに少年の小さな手には不釣り合いな年代物だ。
「親代わりの人が置いていったの。それこそお守り代わり?」
「また高価なお守りだな」
 銀製でよく見れば見たことのない細かな意匠が掘ってある。アンティークの価値もあるんじゃないか、と思えるくらい使い込まれた代物だ。
「で、俺に何か用か?」
「奇異な出来事を目にしたとき、主な人間が取る行動原理は2つだ。即ち、忌避するか、探究するか」
 おじさんは後者と見た、と何でもないように少年が言う。外れてはいない。盲いた目では雑誌の編集なぞ、やっていられないだろう。
「人手が足りないんで手伝ってくれない? この国、未成年に対して対処が厳しすぎるよ」
「確かにお前さんみたいなのが一人でうろちょろしていたら、一発で交番行きだろうがよ。俺だって忙しいサラリーマンなんだぜ、少年」
「無理なことを頼む気はないよ。ちょっと調べて欲しいことがあるだけ」
「うちはゴシップや事件事故を追っかける部署じゃないんでねぇ」
「でも、色んなパイプは持ってるでしょ?」
 なんて雑誌記者の矜持に揺さぶりをかけてくる。憎たらしいが、憎み切れないのは、少年の天性の性質なのだろうか。
「内容による。が、とりあえずさっきのお守りのおまじないがどうの、っていう話をもう少し聞かせろ」
「うん? 別にいいけど、おじさんとこ、そんなのも扱うの?」
「違ぇよ。お前さん、恋人になれればだの青い糸だの言い出す前に、”こっちの真偽は”って言っただろ。ということは、だ。お前さんは実際に見たことがあるんじゃないのか? そのオレンジの糸って方は」
 惑わされてばかりでは面白くない。確信のあるところを突いてやると、案外、少年は素直に驚いてきょとんとした顔をした。その顔は結構、年相応に見えた。
 数秒、空を見つめて顎に指を置いた少年は、やがてこくんと首を縦に振る。
「いいよ。本当はオレンジ色というのも正確じゃあないんだ。実際に目にした幾人かが、一番、近くておまじないという響きに似つかわしいファンシーな色に置き換えたに過ぎないんだろうね」
「おまじない、ねぇ。まあいい。結局、お前さんにはその糸が何色に見えたっていうんだ?」
 少年の藤色の瞳が一瞬だけ歪み、三日月の形に笑う。
「あれは正しくキツネ色だ」
 愛らしい手影絵の形に指を結んだ少年の手が、こん、と鳴いた。


 がさがさと耳障りに袋が揺れる。古ぼけたアパートの一室の前、ポストの下にまき散らされた折り重なる茶封筒をひとつひとつ拾う。中身が透けて見えそうな粗悪な紙袋にすべての封筒を突っ込むと、ゆっくりと口角が上がった。
 袋の持ち手をドアノブに縛り付け、目につくように真っ白なメッセージカードを引っかける。
 それだけの作業をやってのけると、上機嫌でその場を後にした。残されたカードにはたった一言。
『おかえり。今日も見ているよ』



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