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2009/11/03first
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あらゆる意味で、彼女は救われない。
※都内で相次ぐ連続自殺事件を多方面から語るモノ語り



 ええ、相原里菜のことっすか? なんでアンタにそんなこと……。
 ああ、いや。わかってますよ、どう逆立ちしたってオレが全部悪いってこたぁ。だからこうやって毎日、真面目にバイトに明け暮れてんですよ。朝から晩まで精根尽きるまで働いて、大した給料になりゃしない。
 ……わかりました、わかりました。そんな身なんで、本当、ちょっとだけにしてくださいよ。
 確かに2年前、あいつをストーカーしてたのはオレですよ。言い訳って言われんでしょうけど、あん時はオレもどうかしてた。寝ても覚めてもあいつのことばっか考えてた。あいつと真っ当に恋人になろうとか、付き合おうとか、そんなことも頭になかった。
 ただ、あいつがオレの知らないところで知らない男と付き合ってるとか考えただけで吐き気がした。今何してんだろって四六時中考えて電話しちまうし、あいつの家の近く通ったらここで待ったら会えるかなとか思っちまう。ああ、そうだよ。病気だよ。ビョーキ。本当ビョーキのせいに出来たら、いいんすけどね。
 もうさ、取り憑かれたみたいにそれしか考えらんなくなんの。気づいたら写真撮ってるし、気づいたら行動観察してるし。気づいたらノートにあいつの一日の行動をメモしてたときは、滅茶苦茶、吐いた。自分でやってることなのにさ。それでもやめらんなかった。オレがこんだけ気になってんだから、あいつだってオレが好きに決まってるとか、とち狂ったことも思ってました。
 その末路が今っすよ。本当、馬鹿なことしたと思ってます。反省と後悔? 死ぬほどしてますよ。してますけど、いくら反省しても、いくら後悔しても、示談金の額が減るわけじゃねぇし、勘当が帳消しになるわけでもねぇ。
 ……もういいっすか? とっとと戻らねぇとまた怒鳴られちまう。
 え? もう一度、相原に会ったら?
 ……さあ。あっちはオレなんかに会いたくねぇだろうし、オレも何て謝っていいのかわかんねーや。じゃ。



「と、いうのがスドウケイタ青年の証言だ」
 ズズッ、と少年が助手席でストローを鳴らす。中身は某有名コーヒー(?)チェーンの新作だ。大江はその舌を噛みそうな名前を既に覚えていない。
 静音が気に入って愛用しているレクサス車内。カーナビは少年が勝手に入れた住所を案内し続けている。遠くもない。徒歩でも十分な距離ではあった。が、大江にストーカー加害者の話を大っぴらにしながら、中高生と並んで歩く非常識はない。
「示談にはなったものの、親からは勘当。その示談金のために大層な借金をこさえて朝から晩まで働き詰め。といっても、地元や周辺から白い目で見られてるせいでろくな働き口もねぇ。その日勤めの重労働で毎日げっそり、って感じだったぜ」
「救われない話だね」
「後悔先に立たずってのは、こういうことだな。聞いてたこっちも胸糞が悪くてしょうがねぇ」
 後悔するくらいならやるな、という文言は無駄だと悟りつつも大江は奥歯を噛み締める。少年は冷めた目で“スドウケイタ”と印字された履歴書をめくる。
「家庭環境にも学校生活にも特に問題がなかった少年が突発的に、か」
「被害者の子は堪ったもんじゃなかったろうな。何せ、表面は優等生。最初に相談した警察官もただの勘違いだろう、となかなか腰を上げなかったそうだ。帰り道で待ち伏せされて、髪をざっくり切られてようやく、だとよ」
「家庭環境も学校生活も問題ない、というのはある種の危険信号なのにね。反抗期のなかった人間ほど、どこで爆発するかわからない。清廉潔癖というのはまったく健全でない。してはいけない、しなくてはならないに支配された地獄だ」
 とん、と書類を指で叩きながら思考する。ストローが噛まれたのがわかった。
「まあ、その体たらくだ。再犯の可能性が薄いというのが、かろうじての救いかどうかってところだな」
「被害者の相原里菜の方は?」
「中学3年生のときに両親が離婚。理由は家庭内不和。金銭的な問題で親権は父親。当時は高校1年で父親と2人暮らし。父親は直、再婚する予定だったらしい」
「なるほど。だから刑事事件にするより、示談を選んだ」
「そういうことだろうな。相手が上司のお嬢さんだ。再婚に難癖やみそがつくのを嫌ったんだろう。ただでさえ、その頃の相原里菜は褒められるような素行じゃなかったそうだ」
「具体的には?」
「夜間徘徊は当たり前。喫煙、飲酒、援交。薬物の罪状がなかったのは奇跡的だな。何度もお巡りの世話になってる。両親の離婚と父親の再婚話のストレスが原因とされてるだろうが、実際はもっと根が深いだろうな」
「そう」
「相原は警察に対して思っているだろうよ。あのときは助けてくれなかったくせに、なんで自分を責めるときだけ、と」
「合点がいった。彼女の警察に対する不信感はそのせいか」
「なんだ、まるで知ってるような口ぶりだな」
「まあね。おじさんに依頼する前に、調べられることは調べたんだよ、これでも」
 綴られた相原里菜の写真を眺めながら、少年は肩を竦めてみせる。
「目に見える虐待があったわけじゃない。でも、彼女の父親はあくまで証拠の残る虐待をしていなかったに過ぎない。離婚調停で肝になったのは親権の押し付け合いだ。子供の方は何を思っていただろうね」
「……また無責任な親がいたもんだ」
「現在は過去の素行から少し立ち直ったと言われている。父親が勧めたカウンセリングに通って、過去のことも、事件のことも乗り越えた、とね。だけど、そんなのはお金をかけた再婚相手へのポーズに過ぎない。彼女の傷はまだ彼女の中に残って彼女を蝕み続けている」
「それが真実なら確かに腹の立つ話だ。だが、何で言い切れる?」
「彼女の住所は去年、父親の家から都内のアパートに移っている。2年前にストーカー被害にあった娘を一人暮らしさせる親がいると思う? ついでに父親の再婚相手の出産は今年の1月だったそうだよ。 つまりはそういうことさ」
「体のいい厄介払いかよ。腐ってやがる」
「社会的に彼女を守ることができる唯一の父親が、彼女を邪魔者としか見ていないんだ。あらゆる意味で、彼女は救われない」
 つい運転が荒くなったが少年は何も言わなかった。空になった珈琲ボトルをホルダーに置く。
「それで、別件の方はどう?」
「ああ。そのテの記者に8件の自殺について聞けた。結果、お前さんが言う通りだったよ。けど、ありゃ一体どういうことだ?」
 少年はその問いには答えなかった。沈黙が下りている間に、カーナビが目的地への到着を報せてくる。すぐ傍にパーキングがあるようで助かったと思いながら、次の疑問が湧いてくる。
「おい、少年。何だ、ここ」
「アパートだよ? 築30年。南向き。バスとトイレは各部屋についているけど、エアコン設備はなし。あとこの時間、管理人さんはわんちゃんの散歩で不在」
「おいおい」
 最後の一言は余計どころか、嫌な予感しかうかがえない。パーキングに駐車したとなるや、少年はするりと助手席から降りて堂々とした足取りでアパートに向かう。
 ――まあ、こういうことは、こそこそしてた方が怪しく見えるもんだがよ。
 それにしたって、些か、場慣れしすぎではないだろうか。あの少年の親代わりとかいう人物は一体、どうなっているのだろう。間違っても春からピッカピカの高校1年生がやることではない。
 堂々とアパートの階段を昇った少年は、これまた堂々と軋む廊下を歩いて、一つの扉の前で立ち止まった。
「……なんだ、こりゃ」
 ドアノブにペラペラの紙袋が提げられている。透けて見える中身は、妙に膨らんだ茶封筒の山。持ち手にカードが引っ掛かっていて、印刷字で『おかえり。今日も見ているよ』なんて、ふざけた文句が綴られていた。
 うすら寒さを感じて大江は無意識にレインジャケットの肩を擦った。
 少年は綺麗な顔を思いきりしかめつつも、コートのポケットから手袋を取り出した。手早く身に着けるとそっと紙袋を掴み上げる。ちらりと中身を確認してから、今度は反対のポケットからジャラリとしたキーリングを引き抜くと、その中の一つを鍵穴に差し込んだ。
 なんとなくだが、容易く回ってしまうような気がした。
 そして現実に容易く回った鍵は、かちりと小気味いい音を立ててしまった。
「お前、就職先に困らなさそうだな」
「そう?」
「ああ。もし、困ったら相談して来い。いくらかツテを紹介してやる」
「それはありがとう」
 手袋をしたままドアノブを回し、少年は玄関へと踏み出す。シューズが量販品の安物、つまりは犯人を特定できないものであったことまで意味があると思いたくない。
 中を覗き込んだ少年は、そのまま室内に入るかと思いきや、息を詰まらせて鼻と口を覆った。
「どうした?」
「見ればわかるよ」
 そうしてドア前を大江に譲るように身体をずらすのだから、付き合う方の身は堪ったものじゃない。なけなしの罪悪感が仕事をするが、見なければこの少年と同じ視点には立てないのだろう。
 小さく深呼吸をした後、首だけ突っ込んで中を見た。
「――!」
 少年がやった動作と同じく、鼻と口元を抑える。込み上げる吐き気を抑えるためと、上げそうになった声を消すためだ。
 中は狭かった。1Kの六畳一間。そんなものだから玄関から室内が丸見えになってしまう。暖色のカーテンやクッションが鎮座し、バッグや小物が猫足のテーブルに転がっている。
 そんな空間に、びっしりと、女性の写真が至る場所に張り付けられていた。
 窓、壁、ベッドの上、テレビの画面。隙間を許さないかのように、一人だけを写した写真が飾られている。その人物が誰かはわかった。大江が少年に依頼されて調べた人物だったからだ。
 ふわふわとした栗色の猫毛をツインテールにまとめ、くりっとした大きな目が特徴的な、ストーカー被害者の相原里菜だった。
 写真とはどれも目が合わない。正面から撮られた写真がない。それはつまり、すべてが隠し撮りだという意味だ。
 茫然とした大江を引き戻したのは、ふいに流れた電子メロディーだった。電話の着信音。リヒャルト・シュトラウス、英雄の生涯。大江のものではない。
「失礼。僕です」
 未だに口元を覆っていた少年が我に返ってコートの裏ポケットを探り始めた。こいつのポケットは四次元か。なんて、くだらない軽口に逃げたくなる。
「はい、僕です。はい。……ええ、こちらはほぼ確定で間違いなさそうです。そちらは。……そうですか」
 かすかに掠れた男の声が聞こえる。少年の言う親代わりという奴だろうか。スマホを耳に当てた少年の強張った顔が、少しだけマシになったような気がする。
「わかりました。いざというときは、はい。わかっています。それでは」
 あくまで事務的にそう告げ、スマホの通話ボタンをタップすると、と少年は深く嘆息を吐き出した。
「紀野さんは間に合いそうにない、か」
 その言葉の正確な意味は解らなかったが、ひどく胸騒ぎがした。先ほどまで晴れていたはずだったのに、遠くでごろごろと雷が鳴いている。
 一雨、来そうな雲だった。





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