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2009/11/03first
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※ちょっと微妙な異母兄弟の距離感と事情
※せっかく幼馴染になったのでいずれ茜ちゃんたちと遊びたい




 執務室の外が俄かに騒がしくなるのを聞いて、僕はゆっくりと目の前のノートパソコンを閉じた。片手間にいじっていたタブレットにロックをかけ、ついでに机上に散らばった書類をさり気なく回収してファイルの中に仕舞う。
 声のひとつに聞き覚えがあり過ぎたからだった。
「アリッシュ」
「はい」
「確か、貰い物のレディグレイの茶葉がまだあったろう。それを淹れて。茶菓子は……何かあったかな」
「先日、椿組から届きました香典返しを開封しておりませんが」
「ああ、高砂屋の焼き菓子だっけ? ちょうどいいや。お出しして」
「持て成す必要がございますか?」
「アリッシュ」
 名前を呼んで窘めると、賢明な従者は引き下がってティーセットの棚へ向かった。こちらの心境を察してくれるのは助かるが、どうにも彼は過保護、というか過激すぎて困る。確かにちょっと今から胃の辺りが痛いが。避けられるものなら全力で避けていきたい命題ではあるが。
 けれど、まあ、そう何度も避けてばかりもいられないので、茶葉が蒸らし上がった頃合いにベルを鳴らした。執務室の外の口論が止んで直ぐにばたん、と扉が開かれる。いや、ノックくらいしろ。そんな易い仲になった憶えはないぞ、僕は。そもそも易い仲でも礼儀の範疇だ。
 駆け込んできたのは細身の美青年だ。歳を重ねれば美丈夫になれるだろう。やや硬質で神経質そうな雰囲気は否めないがこればかりは遺伝子の問題なので致し方ない。
 翠髪と言っていい滑らかな髪を後ろに流し、上等なブランド物のスーツに身を包んでいる。が、まだまだスーツに着られているなぁ、と7つ年上の異母兄を睥睨して評価する。なんでだろうなぁ、小学生に毛が生えた程度であるはずの12歳の僕の脳裏に〝青二才〟という単語が浮かぶのは。いや、まあ、僕も彼も青二才でいていい年齢ではあるのだが、立場とか事情とかを踏まえたときに、それはちょっと許されない。こっそり深呼吸をしてから、なるたけ悠々とデスクチェアに深く腰掛ける。
「またそんなに息を切らせて。今日は何用でしょうか、千吏お兄様」
 見た目に反して落ち着きのないこの19歳の青年は大宮司千吏(だいぐうじ せんり)という。書類上は僕の兄にあたる。もっとも、血が繋がっているのは半分であり、実のところは異母兄弟というやつだ。彼が正妻の子、僕が愛人の子という差がある。
 優雅とは言い難い足取りで執務室に乱入してきたお兄様はわざとらしい咳払いをする。
「今日という今日は言いたいことがある、怜吏」
「はあ。なんでしょう」
 今日という今日、というよりほぼ毎日のように思うのだが。また今日は何が気に喰わなくてここを訪れたのだか。
 当然のように来客用のソファにどかりと腰を下ろしたお兄様に、アリッシュがティーカップと茶菓子を差し出す。すごいな、お兄様。アリッシュの放つ特大のブリザードにまったく気づかず、出された香り高い紅茶と高級菓子に満足そうに頷いている。もちろん、褒めていない。いや、これはこれで大物と言えるかもしれないけれど。
「お前、丹波の牧場を勝手に援助しているらしいな」
 始まったな、と他人事のように考える。
「否定しませんが、勝手に、とはまた随分な言い草ですね。あくまで個人資産の中から投資額を捻出しただけです。財閥の金銭には一切、触れていません。いつからお兄様は僕の財布の中身を管理する立場になられたので?」
 焼き菓子を齧りながら、苦いものでも食べたかのような顔をする。そのポーカーフェイスの出来なさも何とかしなければならないな。兄につけている家庭教師への課題を頭の隅に走り書きする。
「何故だ。馬主として携わるとして、お前なら高名な牧場相手でも、株だろうが馬だろうが取引自在だろう。なんでわざわざ無名の親族経営している牧場に金を落とすんだ。しかも神馬育成との二足の草鞋だと? その投資は本当に跳ねるのか?」
「お兄様はまずその極端なブランド思考を頭から切り離すべきですね」
 短慮なお兄様にしてはよく調べました、というわかりやすい嫌味を寸でのところで飲み込んだ。
「高名な牧場には既に有名な馬主がついているものです。そちらの株や馬を買い上げて、相手の不興を買って何になります? 突かれて痛い腹を探られるだけですよ。ならば、短期間で大きく跳ねずとも、その土地の経済の足掛かりになる場所を抑えるのは何らおかしなことではありません」
「……お前の考えは私にはまったくわからん。何故、この時期に個人資産を減らすような真似をする? このまま財閥が斜陽を迎えたら、いくら資産があっても足りない負債を抱えることになりかねんだろう」
「はぁ、そこからですか」
 いけない。うっかり本心が溜め息として出てしまった。まあ、でもこればかりは仕方がない。耳にタコが出来るほど言い聞かせてきたはずだが、お兄様にはまだ足りないようである。
「いいですか。再三、申し上げておりますが、大宮司財閥がなくなることはありません。たとえ、お兄様がそう望まれようとも傘下の企業も銀行も政界すら許しませんよ。今回のことは5年も経てば世間に忘れられる〝些末事〟でしかないのです」
「父上が脱税などと、どこが些末事だと言うのだ」
「食品業界が誰かの健康を害し命を奪ったわけでも、銀行が詐欺まがいのやり口で一般人から金を巻き上げたわけでもありません。財政界に至ってはよくある端金の着服程度の認識です。せいぜい『そんな所業をリークされるなどと先代も足元が甘い』と嘲笑される程度ですよ。この程度で財閥の解体などと、誰にも利がありません。……まあ、一時的に出ていく金が多くなるのは仕方のないことです。贖罪と禊が終われば、それも治まります」
 なので、お兄様はその間に財閥の玉座に座る器を身に着けられますように、と3日に1度は言い含めている苦言を呈す。
「私はお前のような、触れたものすべてを金に換える黄金の手は持っていない」
「財閥のトップが経営学に秀でている必要はありません。お兄様に足りないものは世の中の流れを汲み、信頼できる相手を探し、確かな手に資金を預ける目ですね。まずはそれを養われることです」
 この兄は尊大な態度と裏腹に、僕への劣等感がひどくて困る。それを抱くだけならまだいいが、本人相手に吐き出してしまうのはどうかと思う。
 ――無理を押しつけているとわかってはいるが。
 19歳という年齢に無理があるとは、わかっているのだ。若すぎる。せめてあと5年は修行すべきだと。僕と違って元の性格が向いていないのだろうな。
 八の字に垂れた眉が情けなく、まるで捨て犬のような雰囲気を醸し出す。
「やはり、お前のことを……真実を、父上の罪を公にするべきだった。それで、お前が正式に財閥を継げば……」
「寝言は寝てから仰ってください」
 御託と寝言はぴしゃりと遮断する。
「それでスキャンダルを大きくしてどうなるのです? 今よりもっと多くの傘下企業の社員を困窮させるのですか? マスコミにこれ以上、僕と白鷺千雨をスケープゴートとして差し出し、ご自分は楽になるとでも?」
「そ、そんなつもりではない!」
「でしょうね。ですが、今、お兄様が仰ったことはそういうことになるのですよ」
 顔面を真っ青にしたお兄様が、縋るように温かなカップを両手に抱いた。
 まあ。
 心根は得難い人間ではあると思うのだ。兄は。
 あの利と支配欲しか持たない父。その父をうっかり本気で愛してしまったために、愛人への嫉妬に駆られ、苛烈な性分を殺せなくなった母。そんな夫婦に挟まれていたにも関わらず、この異母兄は結構、真っ当な正義感と道徳を根底に持っている。
 それが財政界を泳ぐのに向いているか否かは別として、人間性としてその部分が歪まなかったのは、奇跡と言っていいと思う。
 些か選民思想が強く、価値観がハイブランドに偏りがちで、浅慮短慮の側面があるが、これはもう環境が悪かったとしか言いようがない。僕と違って異母兄は一応、正妻の子として潤沢すぎる小遣いをもらって過ごしていたし、逆に言うのであればそれさえ与えていればよいと父に判断されていたきらいがある。
 そう言った意味合いでは、この兄とてあの勝手極まる父親の被害者と言えるのだ。あくまで個人的な感情や感傷を抜きに考えるなら、だが。異母兄の母、つまりは書類上の母、義母から受けた仕打ちのすべてを忘れるのはちょっと難しい。
 ともあれ、そういった両親の膿のような部分を受け継がなかったというのは、僥倖であると言える。頼り甲斐はないが。一切ないのだが。むしろ、僕が都度、必要な家庭教師を雇い入れて教育している段階ではあるのだが。
「なので、そういった自分が楽になるためだけの希望はお止めくださいね。迷惑なので。あと念押ししておきますが、白鷺家への謝罪など、勝手な真似は言語道断です。謝って許される事柄には限度というものがありますから」
 兄からすれば現状は尻に火が着いた窮状であるように見えるのだろう。弟の財布の心配も、まあ、この兄なりに考えてのことなのだろうが、如何せん言い方とアプローチの仕方に問題があり過ぎる。兄にしては調べたようだが、この分では件のファームが僕の母――白鷺千雨の静養先となっていることまでは知らないようだった。
 セキュリティを十全にしているとはいえ、この世界、抜け道と情報の引き出しはいくらでもある。知ったら知ったで、このブランド脳ではもっと良い静養先があるのではないかと、軽井沢だの那須だのを勧めて来そうだから言わない。無論、本人は厚意のつもりで。ああいう他人への機微に疎いところも早いところどうにかして欲しい。
 まだまだだな、と結論づけて冷めかけた紅茶を啜った。
「週末は御母堂に会いに行かれますか?」
「……行こうかな」
 嵐が過ぎ去った執務室で湧いた頭痛を堪えていると、出来る従者が提案してきた。
 この立場で頻繁に離れた母に会いに行くなど褒められた行動ではないのだが。母にだって向こうの生活があるのだし。
 まあ、でも母の都合が会わずともいいか。あそこに行けば僕は束の間、大宮司でいなくとも許されるのだから。
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