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11/25

2009

【apertura 2】
 

 目が痛い。鼻がつん、としている。
「……drizzi? ……E tutto raddrizziッ!?」
「っ……」
「Respiro benzina di ferita lacera? E tutto raddrizzi?」
 目の端から涙が零れているのがわかった。柔らかい布がそれを拭き取ってくれる。薄っすら目を開くと、薄暗い中に綺麗なシエロ・ブリュの瞳が見えた。
「E tutto raddrizzi?」
 何度か瞬きすると、目の前にあったのが女の子の顔だとわかる。シエロの瞳と金色の髪、適度に日に焼けた肌。まだ垢抜けない感はあるものの、同性から見ても素直に可愛らしい女の子だ。
 が、朦朧とした頭では、やや早口のイタリア語は聞き取れない。
「……っ!」
「Niente uso! Io sono cattivo ad un corpo se io l'esagero」
「……」
 見ると少しサイズの大きな服に着替えさせられている。
 ――……ああ、そういえば
 全身の寒気がぶり返した。手が震えてきて、押さえ込もうとしてぎゅ、と握る。手足の感覚が薄いのは、しびれているからか、血が引けているせいなんだろうか。
「ここ……は……?」
「……Ah……Il giapponese……」
 女の子は困ったように眉間に皺を寄せた。彼女は助けを求めるように、背後を振り向く。
 ずっと横たわっていたせいで、妙に軋む体を起こすと、寝ていたのが布製のソファだと知る。
 短い溜め息が聞こえた。
「Ah……E cosi」
 薄暗く明かりが調整されている。少女の背後に、壁に寄りかかって背の高い男が立っていた。
「……これで分かるか?」
「!」
「Ren,Sia capace parlare giapponese?」
「E cosi.平気……ではないだろうが、怪我はないか?」
「Sebbene contusione o io lo trattammo, duole?」
 追うように少女が喋る。落ち着けば単語くらいは読み取れるはずだが、混乱と、まだ残っている恐怖で頭が回ってくれない。
「えっと……」
「痣が出来ていた。手当ては一応、こいつがしたが、痛むところはないか、とさ」
「え、あ……す、少し……。でも、平気。ありがとう」
「Io ero buono」
 少女はほっとした表情を見せた。釣られてほんの少しだけ、頭が落ち着く。
 ――……落ち着け。こんなとこじゃ、誰も頼れないんだから……。
「ここは……」
「シチリア・アマルフィの一角だ。詳しい場所は、俺の口からは言えんがな」
「貴方たちが助けてくれたの?」
 その問いに、男はいまいち表情の乏しい顔をしかめた。眉間に皺を寄せ、小さく肩を竦めながら、
「助けた、と言っていいものか……わからんな。フェッロ――お前を攫った連中のアジトよりはマシなところに連れて来た、と言って置こう」
「マシなところ……って」
「Ciao, grazie. Una giovane signora e allegra?」
 照明がわずかに明るくなって、立て付けの悪そうなドアの音がする。片手を挙げながら、軽そうな口調の男が入ってきた。薄金色の髪に、ノンフレームの眼鏡をかけている。ゲルマン系なのか色素は薄い。年齢は……良く判断できないが、少女やオレンジの髪の男よりは明らかに年上だろうことくらいは判る。
 男は部屋を見回して、こちらに目を留めると、ジャケットのポケットに手を入れたまま近づいてきた。無意識に少しだけ後退る。
「E quello? E evitato?」
「Non odora gia piu della trasformazione?」
「Io sono terribile,Kanon. Il piu vecchio fratello ha tale bocca?」
 横に立っていた少女と、何言か交わすと、男は目線を合わせるように腰を落とした。
「あー、あー、お嬢さん、Giapponeseだよね? 英語なら話せる?」
 少し訛りのある英語が男の口から出る。少女が少し驚いて、「really?」と口にした。
「……あまり早くないなら。あと、イタリア語も少しなら。すらすら話せるわけじゃないけど」
 英語で答えてみせると、男がひゅう、と口笛を吹いた。
「そいつはありがたい。勉強はしてるんだけど、いかんせん、Giapponeseは難しくてね。
 お嬢さん、痛むところはないかい? 妹はいい子なんだけど、何ぶん、物や人の扱いが雑だから」
「Vaffanculo! Non dica una persona piaccia un uligano!」
「ほら、カノン。お前も英語は兄さんに習ったろ? 日常会話くらい平気だろ?
 俺はアル。アル、って読んでくれればいいよ」
「……後で覚えておきなさいよ。
 あたしはカノン。で、あっちの無愛想はレン。あんたの名前は?」
「……瑠那。織居、瑠那」
「おり……? ああ、Giapponeseはファーストネームが逆なのよね。ルナ、Lunaね。綺麗な名前」
「気が付いたのか」
 また別の声がドアの方から重なった。よく澄んだ、しかし少しハスキーな女性の声だ。
 全員が顔を上げた。ドアの前に女性が2人立っている。一人は重そうなドアに寄りかかって、綺麗な赤い長髪を背中に垂らした女性。背が高く、遠目にもきりっとした顔立ちがよく分かる。傍に立っている女性はその反対で、ウェーブのかあったプラチナ・ブロンドを金座のバレッタで留めた、微笑を浮かべた女性だった。
 プラチナ・ブロンドの女性が照明をさらに明るくして、ソファに駆け寄ってきた。明るくなったおかげで、ようやくそこが案外広い部屋だと分かる。暖炉と絨毯、暗めのシャンデリア、向かい合わせのソファ。どこかの古貴族のリビングを彷彿とさせる造りだ。
「怖がらなくていいわ。顔色は……まだあまりよくないわね。体温が低いんだわ。カノン、毛布をもう一枚用意して」
「はあい」
 答えてカノンはぱたぱたと部屋を出て行った。
「落ち着いてね。私はスオミ」
「そして、俺がマリアだ。一応、ここのファミリーを仕切っている。よろしくな」
 脈を取るスオミの背後に立った赤髪の女性が、流暢な日本語で名乗る。明らかに現地の女性と判断がつくのに、日本語にも驚いたが、その後についた単語が妙に気にかかった。
「……ファミリー、って」
「君を攫ったのはフェッロという男が仕切っているシチリアのファミリーだ。ただの観光客でも、このイタリアに裏側があることくらいは噂で聞いているだろう」
「……」
「フェッロは君を、アジアで会社を建てている商人の娘と勘違いして誘拐したようだ。周辺のファミリーとの談合の結果、私たちで君を保護することに決まった」
「保護……って」
「安心しろ。周りのファミリーは君に手出しできない」
「あの、ね。裏側って言うけれど、悪い人ばかりじゃないのよ。それは……あまり誉められたことばかりしてるわけじゃないけれど」
 瑠那は眉間に皺を寄せて、マリアと名乗る女性を見上げた。すらりと背の高い彼女は、腰に手を置いて、胸を張っている。
 保護。ファミリー。いきなりすぎて付いていけない。どういうことだ。私はただ、夏休みを友達と海外で過ごそうと旅行に来ただけなのに、何故、いきなりこんな暗い部屋で横たわっているのだろう。
 解せない。解せるわけがない。
「誘拐、って……。保護、って……意味がわからないわ。さっさと家に帰して」
「……それはできない」
「……どういうこと?」
「君を保護する、と言ったはずだ。フェッロのファミリーは未だ君を狙っている」
「私、富豪の娘でも何でもないわ! ただの観光客よ、そんなことも……!」
「連中は面子を重んじる。万が一、間違いで一般人を攫った、なんてことが明るみに出れば威厳を失う。それはフェッロだけでなく、イタリアの裏組織すべてに言えることだ。
 それに裏に関わってしまった以上、易々と帰すことはできない。
 なるたけ、帰ることができるよう計らいたいが、実現できるのは5年後か、10年後か、下手をすればそれ以上か……」
「な……っ!」
「可哀想だが、ここに留まってもらうことになる。悪いようにはしないし、他の連中にも手出しはさせない」
「ちょ……! 待って、そんなの……う……っ」
 毛布を押しのけて、体を起こそうとした拍子に、ひどい眩暈がした。ふらついた体をスオミが支えてくれる。
「駄目よ、まだ起き上がったら……。気持ちはわかるけど、安静に、」
「帰れない、って……。私には家があるのよっ? そんな勝手な理屈で……っ」
「……あのままだったら、連中に犯された挙句にどこかの人でなしに売られて一生奴隷扱いだった」
「――っ!」
 体にぞわり、とした感覚が蘇る。足が震えてくるのがわかった。背筋が冷たい。目の端に浮かびそうになった涙を堪えて、蹲った。
「マリア!」
「……悪いとは思っている。だが、事実だ。惨たらしく殺されたり、不毛な人生に落とされるよりは、何倍もいいだろう」
「だからって、怯えてる子にそれはないでしょう? 彼女は普通の女の子なのよ?」
「……すまない」
 スオミが宥めるように、しかし、口調は厳しく言い放った。マリアは数秒目を閉じると、素直にそう言ったが、どこかコア色は淡白だった。
 スオミは短く溜め息を吐いた。
「ごめんなさいね。悪気はないの。もうあんな目には合わせないから、それだけは約束するわ」
「……」
 スオミの声がどこか遠くに聞こえた。帰れない。帰れない、とはどういうことだろう。
 家に帰れない。瑠那にとってはいろいろなものが詰まった場所だ。いろいろあった場所だが、間違いなくあの生家は瑠那の家なのに、帰れない。5年も、10年も?
「だ、大丈夫?」
 膝や肩から力が抜けた。スオミが支えてくれているようだが、目の前が真っ暗で何も見えない。
 かつり、とヒールの音がする。
「アル、彼女はお前のところで引き取ってやってくれないか?」
「俺のところ?」
「我々の管轄下に置かなければならないが、アジトや俺の家というのも気分が悪いだろう。レンは日本語が話せるが、まさか男の一人暮らしに放り込むわけにいかないだろう?」
「この性格じゃあ、滅多なことは起こらないと思うけどなー」
「私だって彼を信頼していないわけじゃない。だが、お前の家が一番いいだろう。歳の近いカノンもいるし、それにカシスは日本語も話せただろう?」
「兄貴の場合は、日本語やイタリア語云々じゃなくて、一般人の言葉が喋れないから意味ないけどね」
 毛布を担いだ少女が戻ってきた。後半の会話は聞いていたのか、呆れた顔で毒づく。
「いいよ。たぶん、うちが一番いいと思う。レンに普通の女の子なんて任せられないし、ぴりぴりした雰囲気に付き合わせるのも可哀想でしょ。
 変態が2人ほどいるけど、あたしが何とかしておくからさ」
「カーノーンちゃーん、それ誰のこと?」
「毎朝、鏡見てないの?」
「ひどっ!」
 容赦のないカノンの言葉に、アルが大袈裟に傷ついた顔をする。それを眺めていたマリアの生真面目な表情が、ほんの少しだけ和らいだ。
「カノン。彼女のことを少し、看ててやってくれ。他のメンバーは来て欲しい。少し、話がある」
「別にいいけど……」
「それじゃあな。とりあえず、体を労わることを優先させてくれ」
 マリアはそう言うと、すぐに踵を返して部屋を出て行った。壁から背を離したレンがそれに続いて、アルが肩を竦めてから、こちらに謝るような動作をして出て行く。スオミは瑠那に毛布をかけ直してから、カノンに二言三言囁いて後に続いた。
 ぎしり、と嫌な音を立ててドアが閉まる。カノンは溜め息を吐いて、そのドアを眺めた後にソファまで来ると、新しい毛布を重ねてかけてくれた。
「ごめんね、いきなり。マリアは頭がいい人だから、どうしてもああなっちゃうみたい。頭ん中、ぐちゃぐちゃでしょ」
「……ファミリー、って」
「うん。皆、ファミリーって言ってる。でも、想像してる通りの連中」
 カノンは肩を竦めて答えた。
「でも、皆、噂みたいに悪党なわけじゃないよ。そりゃあ、あんまり世間に顔向けできない団体ではあるけどさ」
「……でも、結局はあんたたちも、犯罪者の集団なわけよね?」
「……」
 言葉が刺々しくしくなる。駄目だ。彼女はフォローしてくれようとしているのに。それが分かるのに、真っ白な頭が何も正常な判断を下してくれない。
 カノンは何も答えないまま、丁寧に毛布をかけ直してくれた。
「何の慰めにもならないと思うけど……ここも、いいところだよ。明日、家に案内するから。贅沢なところじゃないけどね」
「……」
「少しでも、気に入ってくれると嬉しいな」
 目深に毛布をかけられたのは、きっとわざとの思いやりなんだろう。瑠那はソファの上で体を丸めた。少し、カノンが距離を取る気配がした。
 枕になっていたクッションに顔を埋める。少し埃臭い匂いがした。
 ――どうして、こんなことに……
 今頃は、友達と夜のナポリを歩きまわっていたはずなのに。どうしてこんなことになっているのだろう。今になって足が竦んでくるのを感じた。怜奈を逃がしたあのときに、せめて、と思って奮い立たせた正義感と勇気が、今になってがくがくと崩れ落ちていく。
 いや、あんなものただの意地だったんだろう。
 眠れば悪夢から覚めるだろうか。寝て、目覚めればそこは薄暗いソファでなく、いつもの布団の上で、安堵の息を吐いて庭の水遣りに走るいつもの日常があるのだろうか。
 そんなもの、ただの虚構に過ぎないと知りながら、ただ無理矢理に目蓋を閉じた。


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