2009/11/03first
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11/07
2009
【二、狗の足跡(後)】
「……で、何で着いて来るんだよ」
「いいじゃねぇか。俺だって唯一無二の親友が心配なんだよ」
「きもい」
「ひどっ!」
背中を叩いた新の言葉を、蒼牙は半眼のまま一蹴した。大袈裟なほど声を上げてみせる友人に、蒼牙は大きく溜め息を吐く。
「でも、大丈夫なのかぁ? 二万円なんて、小遣い貯めて、バイトしても結構きついぞ? 中学生が出来るバイトなんて限られてるしなぁ」
「……だからこうやって」
「向こうも商売だろ? 買いたいから金が貯まるまで売らないでくれ、なんて言って聞いてくれるもんかねぇ」
「……」
蒼牙は眉間に皺を寄せて黙って足を進ませた。新は鞄を頭の後ろに担ぎながら付いてくる。
商店街の中心を過ぎて、人気のない道を通って……。確かこの辺だった気がする。あの店が、変な異界の店とかじゃあなければ。
「……」
「……ここかぁ?」
からからと風に音を立てる看板には、『月城骨董品店』。あった。
新が胡散臭そうな声を出す。気持ちはわからなくもない。そして、中を伺って頬を引きつらせた。
『あ、この間のお兄さんですぅ』
『んぁ?』
『もにー?』
品棚の上で、小さな――手のひらサイズの妖精が2体、自分の身体より大きな饅頭にかぶりついていた。一人はティンカーベルのような羽根をつけた小妖精。もう一人は耳と尻尾を生やし、棍を腰に提げた獣人。そしてその2人をちょっとうらやましそうに眺めるぶよぶよのスライムが、天井からのぺーっと下がっていた。
「……何だ、この店」
「こういう店だそうだ」
初めて来たときの自分ととまったく同じ感想を漏らす新に端的に応える。小妖精がまんじゅうを置いて、ぴょん、と棚の上から飛び上がって、
『ゆーたーかーさぁーん! お客さんで……きゃぁぁぁっ!』
がたん、ごろ、がこんっ!
そのままの勢いで古い桐箪笥に鼻面をぶつけ、床のバケツに頭から突っ込んだ。
「……」
「……」
『あーあ、何やってんだよ。ドジなヤツだなー』
『あううー……』
「あーあ。ベルベル、またやってるー」
奥から能天気な声がして、アクアオーラ・ホワイトの少年が顔を出した。新がきょとん、とした顔で細い感の少年を見上げる。
「あんたが店主なのか?」
「んーん。僕はただのみせばーん。そっち、そーちゃんのお友達?」
「……そーちゃん」
「……うるさい」
何か言いたげな新の復唱を睨みつける。そして目当てのものを目で探して、
「――!」
「何、どうした、そーちゃん。お?」
ふざけた口調の新が、固まった蒼牙の手元を覗き込む。赤い糸の、少し古めかしい結びの髪飾り。くくり付けられた値札には、マジックで20000と書かれていた。が、それが二本線で消されていて、その下に新しく、
『5000』
「お、やったじゃん。そーちゃん」
「そーちゃんうるさいっ。あの、これ……っ」
「ああ、それ? ほら、結びの下に小さい貝がついてるでしょ?
この間来たお客さんが落としちゃって、傷がついちゃったんだよね。こういうものって保存状態第一だから、もう正規には売れなくてねー。見切り品で売ることにしたんだ」
「……」
蒼牙は機械的な動きで鞄から財布を出すと、おそるおそる札入れを覗き込む。無言になった。
「で? 俺、親友だから物凄く寛大だよ、そーちゃん」
「……2000円、貸してくれ」
『てんちゃん、良いところにお嫁に行けてよかったですねー♪』
「そーだねー」
湯飲みのお風呂に入りながら、ベルダンディが鼻歌交じりに言う。
『でも良かったのかよ。あんな値段で売っちまって。大損なんだろ』
『克己、何で後ろ向いてるですか。お話するときはちゃんとこっちを向きなさいです!』
『う、うるせぇ! お前がガキなだけだ!』
『むーっ!? ガキって何ですかっ!?』
「はいはい、お湯の中で暴れないでね、ベルベル。男の子にはいろいろ事情があるんだよ」
入れた黒茶とカモミールのハーブティーの香りが混じって、不思議な香りが漂う。砂時計をひっくり返して待つ間、豊は頬を膨らませて胡坐を掻いた克己を膝の上に乗せた。
『で、いーのかよ』
「いいんだよ。お金ならまた別の場所で稼げるしね。うちはボロ屋だけど、食べるのに困るほど貧乏じゃないし、それに」
『むにゅ』
耳をへこませるように撫でられて、克己はむくれたまま唇を尖らせた。
「僕は君らを高い値段で売るよりも、君らを受け入れられる器の人に売ってあげたいの。僕は、君らが新しいご主人様を見つけるお手伝いをしたいだけ。ついでにお金が入ったら、まあ、それはそれで得だけどね」
『……ほんと、人間にしちゃ変人だよな』
「ひどいなー、克己」
『いいよ、俺はオマエのことキライじゃないぞ。でも、正直『嫁に出す』って表現はどうかと思うけどな』
「ええー、だって『売りに出す』とか、『売り払う』とか、気分的に嫌じゃない」
『そーだけど』
『はぁー、いいお湯でし……きゃあああっ』
がしゃん、がたんっ!
『ふえええ……』
「あーもう、ベルベルってばせっかくお風呂入ったのにー」
背後から聞こえた声と音に、豊は呆れたように克己を置いて立ち上がった。だが、吐いた息には呆れはあったが、嫌な素振りはまったくなかった。
克己は元のように胡坐を掻いた。煤けた天井を眺めて、畳の上に寝転がる。気持ちいい。悪くない。
夷天はいいところに行ったのだろうか。夷天は子供で純粋なヤツだった。でもその生い立ちが、けしていいものではなかったのを克己は知っている。
夷天は、夷天が宿っていた主の遺品を古いからと処分しようとする人間とずっと戦ってきた。夷天は主の遺品を守りたかっただけなのに、いつのまにか持ち主を祟ると評判になって、ずっと主がいないまま何十年か過ごしてきたそうだ。
持っていた人間には、夷天が見えなかったから。知らなかったから。
――……幸せになれよ、夷天。
克己はちらり、と豊の背中の方を見た。ハンカチをバスタオル代わりにするベルダンディが背中越しに見えそうになって、慌てて前を向く。そして寝転がったまま、呟いた。
『月城豊……。へんなやつ』
「いいじゃねぇか。俺だって唯一無二の親友が心配なんだよ」
「きもい」
「ひどっ!」
背中を叩いた新の言葉を、蒼牙は半眼のまま一蹴した。大袈裟なほど声を上げてみせる友人に、蒼牙は大きく溜め息を吐く。
「でも、大丈夫なのかぁ? 二万円なんて、小遣い貯めて、バイトしても結構きついぞ? 中学生が出来るバイトなんて限られてるしなぁ」
「……だからこうやって」
「向こうも商売だろ? 買いたいから金が貯まるまで売らないでくれ、なんて言って聞いてくれるもんかねぇ」
「……」
蒼牙は眉間に皺を寄せて黙って足を進ませた。新は鞄を頭の後ろに担ぎながら付いてくる。
商店街の中心を過ぎて、人気のない道を通って……。確かこの辺だった気がする。あの店が、変な異界の店とかじゃあなければ。
「……」
「……ここかぁ?」
からからと風に音を立てる看板には、『月城骨董品店』。あった。
新が胡散臭そうな声を出す。気持ちはわからなくもない。そして、中を伺って頬を引きつらせた。
『あ、この間のお兄さんですぅ』
『んぁ?』
『もにー?』
品棚の上で、小さな――手のひらサイズの妖精が2体、自分の身体より大きな饅頭にかぶりついていた。一人はティンカーベルのような羽根をつけた小妖精。もう一人は耳と尻尾を生やし、棍を腰に提げた獣人。そしてその2人をちょっとうらやましそうに眺めるぶよぶよのスライムが、天井からのぺーっと下がっていた。
「……何だ、この店」
「こういう店だそうだ」
初めて来たときの自分ととまったく同じ感想を漏らす新に端的に応える。小妖精がまんじゅうを置いて、ぴょん、と棚の上から飛び上がって、
『ゆーたーかーさぁーん! お客さんで……きゃぁぁぁっ!』
がたん、ごろ、がこんっ!
そのままの勢いで古い桐箪笥に鼻面をぶつけ、床のバケツに頭から突っ込んだ。
「……」
「……」
『あーあ、何やってんだよ。ドジなヤツだなー』
『あううー……』
「あーあ。ベルベル、またやってるー」
奥から能天気な声がして、アクアオーラ・ホワイトの少年が顔を出した。新がきょとん、とした顔で細い感の少年を見上げる。
「あんたが店主なのか?」
「んーん。僕はただのみせばーん。そっち、そーちゃんのお友達?」
「……そーちゃん」
「……うるさい」
何か言いたげな新の復唱を睨みつける。そして目当てのものを目で探して、
「――!」
「何、どうした、そーちゃん。お?」
ふざけた口調の新が、固まった蒼牙の手元を覗き込む。赤い糸の、少し古めかしい結びの髪飾り。くくり付けられた値札には、マジックで20000と書かれていた。が、それが二本線で消されていて、その下に新しく、
『5000』
「お、やったじゃん。そーちゃん」
「そーちゃんうるさいっ。あの、これ……っ」
「ああ、それ? ほら、結びの下に小さい貝がついてるでしょ?
この間来たお客さんが落としちゃって、傷がついちゃったんだよね。こういうものって保存状態第一だから、もう正規には売れなくてねー。見切り品で売ることにしたんだ」
「……」
蒼牙は機械的な動きで鞄から財布を出すと、おそるおそる札入れを覗き込む。無言になった。
「で? 俺、親友だから物凄く寛大だよ、そーちゃん」
「……2000円、貸してくれ」
『てんちゃん、良いところにお嫁に行けてよかったですねー♪』
「そーだねー」
湯飲みのお風呂に入りながら、ベルダンディが鼻歌交じりに言う。
『でも良かったのかよ。あんな値段で売っちまって。大損なんだろ』
『克己、何で後ろ向いてるですか。お話するときはちゃんとこっちを向きなさいです!』
『う、うるせぇ! お前がガキなだけだ!』
『むーっ!? ガキって何ですかっ!?』
「はいはい、お湯の中で暴れないでね、ベルベル。男の子にはいろいろ事情があるんだよ」
入れた黒茶とカモミールのハーブティーの香りが混じって、不思議な香りが漂う。砂時計をひっくり返して待つ間、豊は頬を膨らませて胡坐を掻いた克己を膝の上に乗せた。
『で、いーのかよ』
「いいんだよ。お金ならまた別の場所で稼げるしね。うちはボロ屋だけど、食べるのに困るほど貧乏じゃないし、それに」
『むにゅ』
耳をへこませるように撫でられて、克己はむくれたまま唇を尖らせた。
「僕は君らを高い値段で売るよりも、君らを受け入れられる器の人に売ってあげたいの。僕は、君らが新しいご主人様を見つけるお手伝いをしたいだけ。ついでにお金が入ったら、まあ、それはそれで得だけどね」
『……ほんと、人間にしちゃ変人だよな』
「ひどいなー、克己」
『いいよ、俺はオマエのことキライじゃないぞ。でも、正直『嫁に出す』って表現はどうかと思うけどな』
「ええー、だって『売りに出す』とか、『売り払う』とか、気分的に嫌じゃない」
『そーだけど』
『はぁー、いいお湯でし……きゃあああっ』
がしゃん、がたんっ!
『ふえええ……』
「あーもう、ベルベルってばせっかくお風呂入ったのにー」
背後から聞こえた声と音に、豊は呆れたように克己を置いて立ち上がった。だが、吐いた息には呆れはあったが、嫌な素振りはまったくなかった。
克己は元のように胡坐を掻いた。煤けた天井を眺めて、畳の上に寝転がる。気持ちいい。悪くない。
夷天はいいところに行ったのだろうか。夷天は子供で純粋なヤツだった。でもその生い立ちが、けしていいものではなかったのを克己は知っている。
夷天は、夷天が宿っていた主の遺品を古いからと処分しようとする人間とずっと戦ってきた。夷天は主の遺品を守りたかっただけなのに、いつのまにか持ち主を祟ると評判になって、ずっと主がいないまま何十年か過ごしてきたそうだ。
持っていた人間には、夷天が見えなかったから。知らなかったから。
――……幸せになれよ、夷天。
克己はちらり、と豊の背中の方を見た。ハンカチをバスタオル代わりにするベルダンディが背中越しに見えそうになって、慌てて前を向く。そして寝転がったまま、呟いた。
『月城豊……。へんなやつ』
二、狗の足跡 了
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