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【二、狗の足跡(中)】
 

 その日の帰り道は、偶然にも一人だった。
 たまたま悠も蒼牙も都合があって、一人だけの帰り道になった。悠は部活、蒼牙は仕事。何だか久しぶりの一人の帰り道だった。
 人込みな苦手な桜は、自然と静かな道を通る。そんな帰り道には決って、
「あんっ」
 ――あ。
 散歩中のシベリアンハスキーが、元気に鳴いて、ハーネスを引く主人に甘えていた。
「こーら、だめでしょ。きーちゃん」
 ハーネスを握っていた少女は、怒っている割に笑顔で大きな犬の頭をわしわしと撫でる。思わず小さな笑みが浮かんだ。
 ――ちょっと、いいな。
 犬は好きだが、飼うことは許されていなかった。飼えないマンションだとか、規則だなんてことはないが、身体の弱い桜を慮っての兄の言葉だった。アレルギーがあるわけではないのだが、犬に限らず、動物はお世辞にも衛生的とは言えないからだろう。
 ――大丈夫なんだけどな……。
「あんっ」
「ほら、行くよー」
 ハーネスの少女が軽く繋いだ紐を引くと、犬は嬉しそうに少女の影を追っていった。
「犬……」
 そういえば。
 この間、珍しく商店街を通ったときのことを思い出した。犬のぬいぐるみが入ったクレーンゲーム。
 ――……取れたりしないだろうけど。
 もう一回、見てみたいかもしれない。
「……大丈夫だよね。外からちょっと見るくらい」
 中に入らなければ、空気も悪くないだろうし、すぐ商店街を出てしまえば気分も悪くならないだろう。
「……最近は調子もいいし、大丈夫だよね」
 小さく頷いて、桜はつま先をいつもとは違う方向に向けた。


 やる気のない犬のぬいぐるみは、相変わらずそこにあった。
「……う」
 心なしか、この間より奥の、取りづらそうな位置にある。取りやすそうな位置にあっても難しいのに。
「……」
 財布の中身をちらり、と見る。見て、溜め息を吐いて、また鞄の中にしまった。
 ――無理だよね、こんな、
「取ってあげようか?」
「え?」
 聞きなれない、でも聞いた覚えのある声が後ろからした。
「あ、こ、この間は……」
「こんにちは」
 アクアオーラ・ホワイトの髪に、黒いヘッドホンの少年が、ゆるい笑顔を浮かべて立っていた。今日は白いYシャツにグレイのブレザー。高校生なんだろうか。まだ真新しい学生鞄を提げている。
 反射的に身体が強張って、何を返せばいいのかわからなくなる。とりあえず、慌てて頭を下げてこんにちは、と返す。
「ふーん。割といやらしい配置だねぇ」
「あ、あの……っ?」
 のんびりとそう言いながら、桜の横を通って少年はクレーンゲームのガラスをとんとん、と叩いた。藤色の瞳を細めてから、ポケットの中から出した小銭を、躊躇せず、ちらちらと動く画面脇のコイン投入口に入れてしまう。
「あ……」
 ――そんな、簡単に……
 そう言おうとした桜を横目に、少年は鼻歌さえ歌いながら、クレーンを動かした。
「SIGAのクレーンは弱いんだよなぁ。まあ、あれくらいの重心なら」
「え? あ……!」
 重たげな犬のぬいぐるみがゆらゆらと持ち上がった。空中でぴたりと止まって、そのまま危なげなく穴に落ちていく。がこん、という音と共に取り出し口が開いた。
「はい」
「え、え、で、でも……っ」
 事も無げに摘み上げた犬のぬいぐるみが、目の前に差し出される。ぱっ、と少年が手を離してしまったので、慌てて掴む。
「あ、お、お金……っ!」
「100円くらいでケチケチするような人間じゃないよ。ゲームは損得じゃあないし」
 にへら、と笑って残っていた1回で手に填めるタイプの操りぬいぐるみを落とす。少し縦に潰れた感じのアマガエル。自分の手に填めて、ぱくぱく動かしながら、「確かカエル好きなのは桐ちゃんだっけ」と呟いている。
「あ、あの、で、でも、こんなもの……」
「大丈夫だよ。僕、物で釣るタイプの人攫いとかじゃないから」
「え、ええと、そうじゃなくて……っ!」
「んー?」
 カエルをぱくぱくと遊ばせながら、少年は何か考える。しばらくの間の後に、ふいににぱ、と笑って、
「じゃあ、おにーさんのお願い、一つ聞いてくれる?」
「……?」


 商店街を抜けて、小さな土手まで歩いて、ようやく少年は立ち止まった。
 あまり速くない流れの川に、小石だらけの川辺と堤防。葦の新芽がぼうぼうと無差別に生えて、傾斜の緩やかな青い下生えの土手が広がっていた。人通りはあまりない、静かな場所だ。
 普段なら好きな場所だった。けれど、今は少しだけ緊張する。
「あ、あの……?」
「ふぁ~あ」
 少年は不意に鞄を投げ出して、土手の上に寝転がった。ばさり、と枯れ葉が舞う。
「あ、あの……っ?」
「あれ、好きじゃない? こーゆー場所」
「そ、そうじゃないですけど……お、お願いって……」
「ん~、ああ、そうそう。ちょっと待ってね」
 一度、投げ捨てた鞄を引き寄せて、中をごそごそと漁る。取り出したのは、普通の高校生には少々似つかわしくない、絹布の小袋だった。ぱちり、と口のボタンをはずして、少年は中のものを摘みあげる。
「……あ」
 中から出てきたのは、あのとき桜が見ていた赤糸の髪飾りだった。でも今は、かすかに青い灯火が飾りを包んでいる。
「それ……」
「おいで、てんちゃん」

 おぉぉぉんっ!

「!」
 雄たけびのような霊叫が耳を貫いた。きん、という音と共に目が眩むような光が一瞬、辺りを覆う。思わず桜はしゃがみこんで目を閉じる。
「な、何を……」

 くんくん。

「……え?」
 肘の袖を引かれた。どこかで感じたような感覚。おそるおそる目を開ける。
『あおん!』
「え……?」
 目の前で、大きな長い毛の犬が、嬉しそうに舌を出して尻尾を振っていた。犬種はわからない。見たことはないけれど、日本種と似た顔をしている。その割に耳は大きく、ふさふさの尻尾は3本生えている。
「え……きゃっ」
『あんっ、あおん!』
 子供より大きな身体をふりふりと動かして、犬は桜の周りを一周した。あおん、と嬉しそうに鳴いて、また桜のスカートの裾をくいくいと引っ張る。
「ち、ちょっと、待って、あ、あの……っ?」
「あははー。てんちゃん、ご機嫌だねー」
 すりすりと頭を寄せてくる犬に困って、少年に助けを求める。だが、少年はゆるい笑顔のまま、どさり、とその場に寝転がるだけだ。
「あ、あのっ!」
『きゅうん…』
 犬の耳が垂れ下がった。上目遣いの黒い目が、駄目? と聞いてきている気がする。
「え、ええ……?」
「その子がね、さっちゃんと遊びたいんだって」
「え……」
『あおん!』
 少年――確か、月城豊という名前だった気がする――の言葉に、犬は再び元気そうに鳴いた。
「この間、店に来てくれたでしょ。そのときに一目惚れしたんだって。
 名前は夷天。てんちゃん、ていうんだ。よろしくね」
「ひ、ひと……?」
『わおん!』
「あ、ち、ちょっと待って……、きゃっ!」
 犬――夷天は桜の袖を引きながら、唐突に駆け出した。急に走り出したものだから、足がもつれる。
「きゃあ!」

 すてんっ

「へぷっ」
 案の定、尻餅をついた。下が柔らかい新芽の下生えだったから、怪我はなかった。が、やっぱりちょっとお尻が痛い。
「いたい……」
『あおん!』
「もう……めっ!」
『あおーん……』
 しゅうん、と夷天は耳を垂れさせた。ぺろぺろと謝るように手を舐めてくる。
「ふふ、大丈夫だよ。ええと……いてんちゃん、ていうの?」
『あおん! おん!』
「ええと……一緒に、遊びたいの?」
『あおん!』
 夷天は嬉しそうにまた尻尾を千切れんばかりに振った。何だか微笑ましく見えてきて、くすり、と笑いを漏らす。
「……うん、いいよ。あそ……」
『わんっ!』
「きゃあ!」
 皆まで言うより先に、また袖を引っ張られた。今度は転ばずに、何とか耐える。そのまま駆け出した夷天に引きずられるようにして、桜は土手に飛び出した。


『わおん』
「はぁ、はぁー……」
 しばらくして、土手にしゃがむと夷天は今度は気遣うように寄ってきた。乱れた息を整えて、心配そうに見上げてくる犬の頭を撫でてやる。
「だ、だいじょうぶ……。はあ、こんなに走ったの、久しぶりだから……」
 そうやって笑いかけると、夷天は元のように元気にあおん、と鳴いた。
「お疲れ様」
「あ……」
 目の前に、汗を掻いた烏龍茶の缶が突き出された。それを見て、初めて喉がからからなのを知る。
「ジュースよりお茶の方がよかったんだよね」
「あ、ありがとうございます……」
 そういえば、この間、お茶をしたときに出された宇治茶が好みだと言った気がする。桜がおそるおそる受け取ったのを見ると、豊はまたのったりと笑うと自分はコーラの缶を開けた。
 桜は数秒、缶を眺めた後に、
 かつっ。
「ん……」
 かつっ。
「んん……」
 かつっ。かつっ。かつっ、かつっ、かつかつかつかつっ……。
「……」
 横から眺められているのに気が付いて、思わず桜は赤面した。ぷっ、と小さく噴き出した豊に、さらに赤くなる。
「わ、笑わないでくださいっ。その、ほんのちょっと苦手なだけで……っ、で、できるんですよ、ちゃんと……っ」
「そーじゃなくて」
 豊はくすくす笑いながら桜の手から烏龍茶の缶を取った。ぷしゅり、と汗の掻いた缶を開けて、再び手渡してくれる。
「あ、あの……」
「苦手なら言えばいいのに。そんな格闘しなくたって」
「す、すいません。あ、ありがとうございます……」
 舌の上に流れてくる冷たい烏龍茶が、痛いほどに喉を潤してくれる。飲み物がこんなに美味しく感じたのは久しぶりな気がする。
「運動すると、ただの缶のお茶でも美味しいでしょ」
「あ、は、はい……。こんなに走ったの久しぶりで……何だかとても美味しいです」
 自然と笑みが漏れた。何だかとても身体の中がすっきりしている。
「夷天のおかげね。ありがとう、夷天」
『あおん!』
 桜は嬉しそうに鳴く夷天の首元を撫でた。ふるふると身体を振るわせる夷天。だが、
 ――あれ……?
「夷天、ちゃん……?」
『あおん?』
「この傷……」
 太い首に、ふさふさの毛に隠れて大きな傷が付いている。大きな傷。撫でても夷天は不思議そうに首を傾げるだけだった。
「いたく、ないの……?」
『あおん♪』
 夷天は平気そうな顔で尻尾を振った。
「あの、月城、さん……。この子の首……」
「んー? ああ、その子は犬神になりきれなかった霊だからね」
「犬神……」
「犬神の作り方って知ってる? 犬を頭だけ出して生き埋めにして、餓死させた後に首を刈る。その犬の怨念が犬神になる」
「……」
 桜は息を呑んで夷天を見た。夷天はまた不思議そうに首を傾げた。
「夷天は怨念を持たなかった。だから犬神にならずに済んだ」
「どうして……?」
 豊はにこり、と微笑んだ。夷天があおん、と応えるように鳴く。
「そんなことより、大切なものがあったから」
「……」
「この髪飾りはね、てんちゃんの一番、最初の主様の宝物だったんだって」
「いちばん、最初の……」
「てんちゃんにとっては、犬神にした人間を呪うより、その子を守ることの方が大事だったんだね」
「……」
 『あおん!』と夷天はもう一度鳴いた。ふりふりと、屈託なく尻尾を振っている。桜はその頭に手を伸ばして、何度も撫でた。首元に手を添えて、もう一度撫でた。
「……えらかったね、おまえ」
『あおん? わうっ』
 夷天はもう一度、首を傾げたが、次の瞬間には嬉しそうに吠えていた。
「君がその一番最初の主様にそっくりだったんだって」
「私、が?」
「うん。だから、一緒に遊びたくなったんだってさ」
『あおん!』
 急に夷天が逆の方向に走り出した。あっ、と思っている間に、草むらにごそごそと首を突っ込んでから、風のような速さで返ってくる。
『あおん!』
「え……?」
「シロツメクサだね。もらって、って。遊んでもらえて嬉しかったみたいだね」
「……」
『あおん!』
「笑ってね、だって」
 口元に引っ掛けた花を、そっと取る。千切った後はないから、何かの拍子に折れてしまった花なんだろう。握り締めないように手の中に収めて、桜はもう一度、夷天の頭を撫でた。
「ありがとうね、夷天。押し花にして、大事にするね」
『わうんっ』
 夷天はもう一度吠えて、ゆっくりと燐光を纏った。とても綺麗な青い燐光。やがて姿が薄れ、シルエットだけが浮かんで。豊が赤い紐飾りを掲げた瞬間に、篝火となって吸い込まれるように消えた。
「……」
「ちょっと遅くなっちゃったねえ。ごめんね。暗くなる前に帰ろうか」
「月城さん、あの……」
「ん?」
「夷天、ちゃんに……あの……」
 上手く声が出せなかった。もどかしく思いながら、人馴れしない喉と身体を奮い立たせる。
「私も、楽しかった、って……その、伝えてくれませんか?」
「うん。それなら良かった。さっちゃん」
「?」
 緊張の喉で言って、首を傾げた。豊は少し傾きかけた日の逆光の中で、にぱり、と笑ってみせた。
「てんちゃんをよろしくね」
「……?」
「さ、早く帰ろうか」
 豊はそれだけ言うと、鞄を担いで土手を登り始めた。桜は川の上流の日が、思ったより傾いているのを見つけて、慌ててその後を追った。春の少し寂しい風が、葦の間を通り抜けて、ひゅい、と鳴いた。



※白詰草…花言葉:約束
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桜…
ううっ桜が年相応にみえるーっ
しかも元気に土手ではしゃいでる…涙ほろほろ。
作者として元気なあの子をあまり書けないので、めちゃくちゃ嬉しいです。
ありがとうございますv

うーん、香月さんのサクラ可愛いなああ。
月ちゃん効果?


小春 2009/11/07(Sat)01:41:09 編集
てんちゃん効果じゃなくて!?(笑)
動物には割と心を許してくれるんじゃないかと…。
夷天が桜ちゃんの心の安らぎになってくれれば幸いです。ただの純粋な子犬ですから。

豊はただ、律儀な子を引っ張りまわしただけですな(笑)。
香月 2009/11/07(Sat)02:03:53 編集
やっぱりかばいいいいい
てんちゃんもさっちゃんもかばいいいい。
今回はゆーちゃんも(それほど)イジワルじゃないしwww

桜ちゃん、良かったねえ。

karicobo URL 2009/11/07(Sat)03:22:33 編集
それほど(笑)
豊のターゲット認定ってどうなってるんだろう(笑)。
たぶん、いじっていい人間とそうでない人間を鼻でかぎわけてるんだろうね(笑)。
香月 2009/11/07(Sat)14:49:01 編集
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