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2009/11/03first
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※ちゃんとお兄ちゃんしてる星一の普段通りの小話
※年上もまとめて面倒をみるせいで精神年齢が高め




 毎年のことだけれど、西に行く前日、俺の――南部星一の家は忙しなくなる。
「にいさん、おそいです!」
「ごめんて。父さんに買い物、頼まれちゃったんだよ」
 ぷくりとまだふくふくしている頬っぺたを膨らませ、保育園の下駄箱に仁王立ちしているのは御年4歳の俺の弟だ。名前は英一。名前通りに4歳とは思えないほどしっかり喋るし、この間は自分の名前を漢字で書こうと奮闘していた。出来た弟である。
 保育園の先生がにこにこと笑いながら「英一くん、お兄ちゃんが来ないってずっと待ってたんですよ」と教えてくれる。まあ、時計を見てもいつも母や父が迎えに来ているはずの時間と大差ないはずなんだけどな。明日が旅行なもので気が逸って時間が過ぎるのが遅く感じるアレだ。
 先生たちもそれを知っているので、実に微笑ましそうに付き合ってくれているのだ。そして俺も弟が何を楽しみにして気合を入れているか知っているので、わざわざ「いつも通りだろ」なんて膨らんだ風船に針を刺すようなことはしない。
 肩がけの鞄を先生にかけてもらった英一は、俺の空いている手を取るなり、ぐいぐいと引っ張ってくる。
「はやくしないと、あしたのじゅんびができません!」
「はいはい」
 準備って言ったって、4歳の保育園児が自分でやる準備なんてほとんどないんだけどな。必要な着替えだの歯磨きセットだの道具だのは几帳面な父が既に終えている。だから、まあ、お前が何を準備するんだ、という感じではあるのだが、俺だって弟が可愛くないわけはないので口を噤んだ。
 先生たちに軽く頭を下げてから保育園を後にする。掴んだ手をやっぱりぐいぐい引っ張りながら、また弟が言う。
「はやくかえらないと、きりおねえさんにおみやげがじゅんびできません!」


 家に着くと出汁の香りがふんわりと台所から漂ってくる。いつものことなので特に違和感もなく、英一は洗面所に突進していった。放り出された可哀想な鞄を軽く叩いて、連絡帳だけ抜き取って目を通す。変わらず今日もいい子であったようで。お兄ちゃんは安心です。
 去年まではうがい薬やらコップやら、俺が手伝っていたのだけど、最近はそれをやると怒るようになってきた。曰く、「もう一人でできます!」とのことだった。事実、サボることなくしっかりやっているので助かるのだが。なお、蛇口の勢いがつき過ぎて飛び散った水飛沫やら、垂れてしまったうがい薬やらは、すぐ後に使う俺が隠滅できるのでご愛嬌だ。
 ばたばたと洗面所から出てきた英一はすぐに兄弟部屋へ向かった。その背中に転ぶなよ、とだけ声をかける。転びません、と元気なお返事がくる。3日前に転げてべそを掻いたことは忘れているらしい。
 水が跳ねた鏡をさっと拭いて、うっかり元の場所に戻し忘れている薬のケースを仕舞う。本人は立派に出来ていると自負しているので叱るまい。俺が叱らなくてもいずれ父が気づけば指摘して叱るだろうし。何より今は楽しい気分に冷たい水を引っ掛けることもない。
「父さん、ただいま。はい、これ」
「ああ、悪かったな。そこ置いてくれるか?」
 じっと至極、真面目な顔で鍋を睨んでいるのは父――南部仁史だ。これでも結構、歴史や名のある弓道場の主で偉い人のはずなのだが、割烹着姿でお玉を携えている姿は母親より母親っぽい。ちなみに俺が買ってきたのは今が旬の野菜類。下仁田ねぎと練馬大根である。
 西の方とは野菜も魚も違うから、こちらで仕込む食材は仕込んでいくのだとか。その仕込んだ品々は西の地でお節として完成品になる。おかしいな。うちの父、弓によるお祓いの行事のために西にある本家の神社に行くはずなんだけどな? 毎年、こっちの方が気合入ってる気がするのは俺の気のせいかな? まあ、弓の道具だのお祓いに必要な道具だのは昨日のうちに積み込んでいるから、別にいいんだけどな?
 ちなみに母の杏は一足先に新幹線で旅立った。今日はひとりで年末年始を過ごす甥っ子、俺からすると母方の従兄の元に顔を出すらしい。母の妹である叔母は海外で慈善事業に従事していて、その旦那の叔父も研究職で海外から帰って来ない。日本にいる従兄の身内と言えば、母と叔父の父――従兄からすれば祖父だけなのだとか。その祖父も日本中、出歩きっぱなしで滅多に家に居着かないらしい。
 母も父と結婚して俺を産むまでは写真家として飛び回っていたようだから、そういう家系なんだろう。その従兄だって一年間、無断で海外を放浪してきた前科があるらしいし。それもあって母は余計に従兄が心配らしいのだ。
「だから、星一。お前が無事に仁史と英一を連れてくるんだぞ」
 とは、つい昨日、言付かった母の言葉だ。いや、小学一年生に命じることじゃないよな、とは思いつつ、言わんとすることはなんとなく解るので頷いておいた。全員が丁寧過ぎると物事って上手くいかないんだよな。ひとりくらい大雑把なヤツがいないと纏まらない。普段はその大雑把な部分を母が担っているのだが、今は俺がその一枠ってわけだ。
 父と弟とどっちを手伝おう、と思って弟の方に比重が傾いた。なんといってもまだ4歳。目を離してはいけない時期である。
 兄弟部屋に入ると弟は机に向かって熱心に鶴を折っていた。脇にあるのは先日、作った小さなしめ縄のリースの土台がある。先日、作った。俺が。まあ、4歳の力じゃ出来ないし。
 そのリースの土台にクリスマスとも正月とも取れる飾りをつけては、唸って、取って、作り直して、を繰り返している。何度か「どう?」と訊かれて「綺麗に出来たじゃないか」と答えたが、未だに納得いかないらしい。どこが気に入らないのかと尋ねても「なんとなくダメ」とのこと。保育園児の拘りってたまに理不尽だよな。
 黙々と折っていた赤い鶴を完成させて、頂点に飾ろうとして手が止まってしまった。
「どうした?」
「……これだとクリスマスみたいです」
 まあ、その下に緑色のリボンがあるもんな。色が確かにクリスマスだ。俺たちの本家は神道なので、基本的にクリスマスという文化はない。ケーキもチキンも食べるけどな。でも、英一の中ではまた別ってことなんだろう。
 かといってその緑のリボンは昨日、張り切って「きりおねえさんのめのいろです!」と飾っていたものなので外したくはないらしい。
「これじゃきりおねえさんに、おしごとをわかっていないってバカにされちゃいます」
 なんだろう。俺の中の本家の姫君――桐花姉さんは半分も年下の男の子の工作にそんなことは言わない人なんだけど。いや、元々、舌鋒鋭い方だから人によっては言うかもしれないけど、少なくとも自分へのプレゼントやお土産には言わないと思う。
 だからと言ってそれで納得するようならこんなギリギリまで粘っていないので、やっぱり言わないでおく。代わりに傍らの折り紙の袋から紫色の紙を引き抜いた。
「? なんですか?」
「いや、ほら。桐姉さんって、赤と紫が好きなんだろ? ふたつ鶴を作って一緒に飾ったらクリスマスじゃなくなるんじゃないか?」
「!」
 ぱっと閃いたような顔をして、英一は早速、紫の紙で鶴を折り始めた。素直で可愛らしい。まあ、その色って本家の神様の色なんだけどな。余計なことは言うまい。
 その間に俺は鞄からスマホを取り出して、こっそり真剣な英一の折り紙風景を撮影する。LINEのアドレスの中から咲お祖母さまを探して送信しておいた。
 咲お祖母さまは南部の、父方の祖母で普段から忙しくあちらとこちらを往復している。往復していると言っても、あちらの方が忙しいのでこちらにいたとしても、ゆっくり孫の顔を見ていく暇はない。
 英一が産まれた頃に、一度、とても申し訳なさそうに「あんまりお出かけとか出来なくてごめんね」と謝られた。俺はぽかん、としてしまった。そのときに気づいた。咲お祖母さまの中では、俺たちと従兄妹を可愛がる時間に差が出来ているように感じるのだろう。俺個人としては、俺よりも突拍子もないことをする魅月や桐花姉さんを見てていてくれた方が安心するのだけど。でも、英一はそうじゃないんだよな。
 程なくしてかわいい動物がグッドと言っているスタンプが返ってきた。相変わらず咲お祖母さまは可愛いもの好きだ。あちらに行ったら、ちゃんと咲さんと呼ぶようにしないと。
「ん?」
 その直後に見覚えのある庭で、賽の河原よろしく、何故かうず高く石を積み上げている魅月の写真が送られてきた。いや、そこ、お前の母さんの庭とか言ってなかったっけ。怒られるぞ。と、思っていたら拳骨を喰らったらしい魅月がぷくうと頬を膨らませつつ、案の定、瑠那さんに怒られている写真が続いた。
 いや、もう小学二年生だろ。何やってるんだ、アイツ。ええ、返事どうしよう。俺から何か言って聞くヤツだったら、とっくに大人しくなってるんだよなぁ。困る。
「にいさん、ぼーっとしてないで、てつだってください!」
「はいはい」
 困った返事は一旦、保留。とりあえず弟のお土産を完成させなければ。夜は重箱とタッパーを埋める父の手伝いかな。やれやれ。ここは本家じゃないのだけど、小学生でも年末は忙しい。
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