2009/11/03first
03/19
2024
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12/20
2009
bambola fortunata 3
それから本家に顔を出すときは、何となくあの白い子供を探してから帰る習慣ができた。少年は毎回、呆れた顔で毎回、一言二言言葉を返してくれた。あの皮肉めいた表情と、言葉で。
何回か探してみるうち、どことなく習性が掴めてきた。叔父に呼ばれない限りは、彼は屋敷のだだっ広い庭のどこかで、最初のときのようにぼんやりしていることが多い。ただし、日差しが強い場所には出ない。風通しのいい木陰か木の根元。
彼はふらふらとこの屋敷をうろつける権利を得ているらしい。恐ろしげな顔をした番犬も彼にはとんと警戒を示さない。
猜疑心の塊である叔父が、余程、彼を手放したくないと見える。
アルは叔父に可愛がられた記憶がほとんどと言っていいほどなかった。頭を撫でられた記憶一つない。
才覚の方は知らねど、叔父はもともと子供嫌いな上に、疑心の強い人間だった気がする。それが証拠に2人いるはずの息子は呆れる放蕩ぶりで、アドリアの別荘に住み、働きもせずにカルカッシの金食い虫になるばかりだった。叔父にとっては息子さえも今の自分の地位を脅かす存在にすぎなかったのだ。
そんな叔父が頭を撫でて、自分の行く先に連れていく子供。それはひとえに彼が叔父に与える『幸運』故だろうが、どうにも気にかかった。
それとも、あの叔父にも少しは子供を許容する心があったのだろうか。
週に何回かはカジノで見かけることもあった。けれどそのときは必ず叔父に連れられていて、アルとは一言どころかろくに視線を合わせようともせず、その様はやはり『人形』であった。
「お前、何でああも簡単にあいつを勝たせてやれるんだ?」
何回目かの探索のとき。
メーラの木の下で転寝をしていた子供に話しかけると、彼は眠たそうな薄目を開けて興味が無さそうに息を吐いた。
「お前、そこに立て」
「へ?」
「そこの白い、小さい石の上だ」
眉間に皺を寄せながら、アルは言われた通りの場所に立つ。少年はぼんやりとしたまま、足元に転がる石を拾い上げ、メーラの木の太い幹に投げつけた。
こん。
軽石に、からからの幹が乾いた音を立てる。数秒の空白があった。
「おい、何……」
ごんッ!
「――~~~~~ッ!」
天頂に鈍い痛みが激突した。少年は動じずにころり、とアルの足元に転がった赤い実をじっと眺め、淡々とした動作で拾い、袖口で拭ってかしゅりと皮のまま齧る。
アルはしばらく頭の上を押さえて悶絶していたが、立ち直ると半眼で少年を睨む。
「……作用点座標x59、y軸289、z軸45。目標物の強度及び反動計算上、力点座標はx軸38、y座標289、z軸同軸。風向き、強さを見るに力点に力を加えるには約30g前後の……」
「……」
真面目に聞いていたら頭がおかしくなりそうな分析を、すらすらと、澱みなく並べていく。アルは表情をひきつらせながら、少年がつまらなさそうに林檎を齧る様を眺めていた。
「お前……」
「世の中なんて図形と線の産物、後は確率だ。多少の誤差はあれど、計算できねぇもの何ざほとんどねぇさ」
「……それでカジノの当たり玉を計算してた、ってわけか」
子供であることを理由につけて、興味深そうにディーラーの転がすダイスやルーレット球に触れていた少年の姿を思い出す。所詮、子供。ディーラーも特に咎めたりはしない。その子供がダイスの重さやわずかな傾きを確かめていたとしても、だ。
それで大当たりをしたところで、イカサマの証拠なぞ出てこない。下手な小細工なぞ、誰も最初からしていないのだから。
――道理で、あの強欲な叔父君が手放したがらないわけだ。
アルはこっそり溜め息を吐く。ほんの少しでもあの人に期待した俺が馬鹿だった。
「……いいのか? そんなこと、したくてしてるように見えないぜ」
「そうでもないさ。元々、性根は腐ってる方だからな。
金さえもらえれば、盗みや騙しくらい大したこっちゃない。さすがに殺しはやったことねぇけどな」
淡々と語る。ぎりぎりと締め上げられるような感覚が、アルの心臓を通り過ぎた。
しかし、そんなものはまったく目に入れてない様子で、彼は半分だけ齧った林檎をハンカチに包むと懐へ入れた。
いつかのようにかちゃり、と玄関の鍵が開く。少年は無言で目を細めると、執事が顔を覗かせるより早く立ち上がった。
「あんまり俺に話しかけない方がいいぜ。ジジィの反感を買うだけだ」
「もともと良く思われちゃいないさ」
「上手く生きろよ。良心で生きるなんざ、今時流行らねぇしな」
皮肉気味に笑うと、彼はいつものように巨大な屋敷の中へ消えていった。がしゃん、と耳障りな音を立てて玄関の扉が閉まる。無表情な少年の目がもう一度、アルを睨む。もう来るなよ、とでも言うように。
「……なんだかなぁ」
肩で溜め息を吐いて、通い慣れた庭を出る。
無表情な門人が、大きな音を立てて門を閉めた。
「……よう、カルカッシの坊主」
「!」
門から数歩離れたところで、少し嗄れたテノールに話しかけられた。視線を上げると町中に立つ屋敷の塀に寄りかかって、男が立っている。
つばの尖ったボルサリーノのストロー・ハットを目深に被り、肩にひっかけているのは、なめし皮のグレーコート。背中に垂れた髪は赤が強く、覗く目はつり上がった狐の目。
「サルヴァトーレの旦那……」
「久しぶりじゃねぇか。何だ、今度は本家で掘り出し物でも見つけたのか?」
「安心してください。旦那には縁のないものですよ」
「カルカッシ御用達の『幸運人形』[バンボーラ・フォルトナータ]か? カジノで遠目には見ちゃいたが、えらいべっぴんさんだねぇ」
通り過ぎようとしたアルの足が止まった。
「……あんた」
「キャンティくらい、おじさんと飲んでくれてもいいんじゃねぇか? なぁ、アルバート」
何回か探してみるうち、どことなく習性が掴めてきた。叔父に呼ばれない限りは、彼は屋敷のだだっ広い庭のどこかで、最初のときのようにぼんやりしていることが多い。ただし、日差しが強い場所には出ない。風通しのいい木陰か木の根元。
彼はふらふらとこの屋敷をうろつける権利を得ているらしい。恐ろしげな顔をした番犬も彼にはとんと警戒を示さない。
猜疑心の塊である叔父が、余程、彼を手放したくないと見える。
アルは叔父に可愛がられた記憶がほとんどと言っていいほどなかった。頭を撫でられた記憶一つない。
才覚の方は知らねど、叔父はもともと子供嫌いな上に、疑心の強い人間だった気がする。それが証拠に2人いるはずの息子は呆れる放蕩ぶりで、アドリアの別荘に住み、働きもせずにカルカッシの金食い虫になるばかりだった。叔父にとっては息子さえも今の自分の地位を脅かす存在にすぎなかったのだ。
そんな叔父が頭を撫でて、自分の行く先に連れていく子供。それはひとえに彼が叔父に与える『幸運』故だろうが、どうにも気にかかった。
それとも、あの叔父にも少しは子供を許容する心があったのだろうか。
週に何回かはカジノで見かけることもあった。けれどそのときは必ず叔父に連れられていて、アルとは一言どころかろくに視線を合わせようともせず、その様はやはり『人形』であった。
「お前、何でああも簡単にあいつを勝たせてやれるんだ?」
何回目かの探索のとき。
メーラの木の下で転寝をしていた子供に話しかけると、彼は眠たそうな薄目を開けて興味が無さそうに息を吐いた。
「お前、そこに立て」
「へ?」
「そこの白い、小さい石の上だ」
眉間に皺を寄せながら、アルは言われた通りの場所に立つ。少年はぼんやりとしたまま、足元に転がる石を拾い上げ、メーラの木の太い幹に投げつけた。
こん。
軽石に、からからの幹が乾いた音を立てる。数秒の空白があった。
「おい、何……」
ごんッ!
「――~~~~~ッ!」
天頂に鈍い痛みが激突した。少年は動じずにころり、とアルの足元に転がった赤い実をじっと眺め、淡々とした動作で拾い、袖口で拭ってかしゅりと皮のまま齧る。
アルはしばらく頭の上を押さえて悶絶していたが、立ち直ると半眼で少年を睨む。
「……作用点座標x59、y軸289、z軸45。目標物の強度及び反動計算上、力点座標はx軸38、y座標289、z軸同軸。風向き、強さを見るに力点に力を加えるには約30g前後の……」
「……」
真面目に聞いていたら頭がおかしくなりそうな分析を、すらすらと、澱みなく並べていく。アルは表情をひきつらせながら、少年がつまらなさそうに林檎を齧る様を眺めていた。
「お前……」
「世の中なんて図形と線の産物、後は確率だ。多少の誤差はあれど、計算できねぇもの何ざほとんどねぇさ」
「……それでカジノの当たり玉を計算してた、ってわけか」
子供であることを理由につけて、興味深そうにディーラーの転がすダイスやルーレット球に触れていた少年の姿を思い出す。所詮、子供。ディーラーも特に咎めたりはしない。その子供がダイスの重さやわずかな傾きを確かめていたとしても、だ。
それで大当たりをしたところで、イカサマの証拠なぞ出てこない。下手な小細工なぞ、誰も最初からしていないのだから。
――道理で、あの強欲な叔父君が手放したがらないわけだ。
アルはこっそり溜め息を吐く。ほんの少しでもあの人に期待した俺が馬鹿だった。
「……いいのか? そんなこと、したくてしてるように見えないぜ」
「そうでもないさ。元々、性根は腐ってる方だからな。
金さえもらえれば、盗みや騙しくらい大したこっちゃない。さすがに殺しはやったことねぇけどな」
淡々と語る。ぎりぎりと締め上げられるような感覚が、アルの心臓を通り過ぎた。
しかし、そんなものはまったく目に入れてない様子で、彼は半分だけ齧った林檎をハンカチに包むと懐へ入れた。
いつかのようにかちゃり、と玄関の鍵が開く。少年は無言で目を細めると、執事が顔を覗かせるより早く立ち上がった。
「あんまり俺に話しかけない方がいいぜ。ジジィの反感を買うだけだ」
「もともと良く思われちゃいないさ」
「上手く生きろよ。良心で生きるなんざ、今時流行らねぇしな」
皮肉気味に笑うと、彼はいつものように巨大な屋敷の中へ消えていった。がしゃん、と耳障りな音を立てて玄関の扉が閉まる。無表情な少年の目がもう一度、アルを睨む。もう来るなよ、とでも言うように。
「……なんだかなぁ」
肩で溜め息を吐いて、通い慣れた庭を出る。
無表情な門人が、大きな音を立てて門を閉めた。
「……よう、カルカッシの坊主」
「!」
門から数歩離れたところで、少し嗄れたテノールに話しかけられた。視線を上げると町中に立つ屋敷の塀に寄りかかって、男が立っている。
つばの尖ったボルサリーノのストロー・ハットを目深に被り、肩にひっかけているのは、なめし皮のグレーコート。背中に垂れた髪は赤が強く、覗く目はつり上がった狐の目。
「サルヴァトーレの旦那……」
「久しぶりじゃねぇか。何だ、今度は本家で掘り出し物でも見つけたのか?」
「安心してください。旦那には縁のないものですよ」
「カルカッシ御用達の『幸運人形』[バンボーラ・フォルトナータ]か? カジノで遠目には見ちゃいたが、えらいべっぴんさんだねぇ」
通り過ぎようとしたアルの足が止まった。
「……あんた」
「キャンティくらい、おじさんと飲んでくれてもいいんじゃねぇか? なぁ、アルバート」
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