2009/11/03first
06/27
2025
星に激震が走ったときの衝撃はよく憶えている。
やることもなく、必要もない惰眠を貪っていたら、いきなり後頭部を強打されて神経が焼き切れるくらいの痛みに悶絶した。これは俺が悪いのだけれど、うっかり地球上のあちこちに点在する時空の拠点と回線を繋いだままにしていたから、血管という血管が千切れるような激痛に襲われたのだ。こう、ぶちぶちっと。
言い訳をするなら、繋いだままにするメリットはあるんだ。こうしておけば、どっかの馬鹿がまた戦争だの抗争だの、くだらないことを始めたときにすぐ気がつける。天災が起こったときも同じだ。だからこれは、俺にとってはちょっと変わった目覚まし時計みたいな感覚でいたんだけど。
しばらくごろんごろんとベッドでのたうち回ってから、ちゃんと身を起こした。俺が繋げているのはあくまで精神的(アストラル)な糸なので、本当に俺自身の血管や神経がぶちぶち切れたわけじゃない。痛いけど。死にたくなるくらい痛かったけど。
馴れてしまった指先で星図を開くと、あちこちにエラーが起きていて困惑した。
「なんっだ、これ」
とうとう地球に隕石でも衝突して真っ二つに割れたか、と思ったけれど、そういうわけではないらしい。まあ、同じくらいわけがわからない状態だった。時間と空間のあっちこっちがねじれたり途切れたり。でかい隕石が落ちてきたというより、惑星規模の散弾銃が撃ち込まれたような。
「……これ、俺の手に負えんのかな」
我ながら情けない溜め息を吐く。どこぞの巷で時空の番人とか、星の魔法使いとか、俺に対してご大層な名前がついちゃってるのは知ってる。実際、それっぽいことをしているのも否定しないし。いつだかの時代で神様扱いされたこともあったなぁ。アレだけはマジで勘弁してほしい。そういう器じゃないんで。
ちょっと力が強くて、ちょっと汚いズルができるだけなんで。本当に信仰とかしても意味ないからね。
でも、他でもない我が星に何かの異変が起きたっていうなら仕方がない。とりあえずは現状把握から。俺は星図を見ただけで何が起きているかを知るような天才ではないので、とりあえず、小規模の異変を示している地点に飛んだ。飛んだ先であり得ないものを見た。
「えっと、なんだ、これ」
地表がほとんど氷に覆われている。残っている緑は、かろうじて緑と呼べるものは、後に針葉樹と呼ばれる予定のとげとげした黒い樹木くらいのもので。要するに人類史で言う氷河期だ。人類史に刻まれてはいるが、到底、人類が住めるような環境ではない時代。
そんなところに、人が二人くらい死にかけていた。人? いや、人じゃないな。少なくとも俺が見たことのない遺伝子配列をしている。ということは、少なくとも現代人に連なる血統じゃない。となると宇宙人か? 俺が知らないくらい遠い未来の未来人かもしれない。とりあえず、姿かたちは人に見える子どもが二人、死にかけていた。
死にかけていたというは例えでもなんでもなくて、もう手遅れの度合いを指している。
俺は、時空は守るが、他人の運命にまで介入しない。するとしたら、俺にとってどうしてもしなくてはいけない、というときだ。あっちこっちに移動できる俺が、あっちこっちで運命を改変して回っていたら、それこそ歴史が歪む。だから、この二人の死の運命は回避できないんだけど。
「はあ……」
とても軽い子どもの身体を抱き起してみる。その地に生きる真っ当な人間だったら、免疫とか、細菌とか、気にしなきゃいけないんだけどね。ほら、俺は丈夫だから。
指先から甘くて温かいシロップをちろちろと出して、子どもの唇に垂らした。最後の力を振り絞って嚥下した子どもの口が小さく動く。美味しかったか不味かったかはわからない。でも、ちょっとだけ死に顔は安らかになった。もう一人に同じことをした頃合いに、二人は死んだ。
「さて。どうしようかな」
当たり前だがこの時代に人里なんてものはない。だから、見つけて埋葬するような親切な人間もいないのだ。俺を除いては。
「……仕方ないなぁ」
まあ、そう手間ではないし。
土を掘り下げて墓穴を二つ、用意する。火葬か土葬か迷ったが、火葬は時間が掛かりすぎる。それにもし、この子どもたちの同胞が火葬の文化がない民族だったら怒られるかもしれない。簡単な棺桶を二つ造り出してそれぞれ横たえた。
小一時間もしないうちに簡単な墓が二つ、出来上がった。まあ、二人の故郷の墓の形なんか知らないので、わかるようにそれっぽく誂えただけだ。ごめんな。役立たずで。
最後に墓石の周りの土に手を置く。思いきり生命力を送り込むと、墓石の周りに花が咲いた。俺が知っている範疇での、寒冷地でも咲く花を出したから白と青ばかりの花畑になった。嫌いだったら、ほんとごめん。これでも何万人と人を見送ってきたからさ。ひとりひとりに墓参りしていたら、一年のほとんどが命日で埋まっちまうんだわ。だから、来世への餞ってことで、とりあえず満足してほしい。
いくつか歩いて回ったら、どこから来たのか分からない子どもや赤ん坊は、そこらかしこに湧いていた。そこらかしこ。そりゃあ時空のそこらかしこに。運よく、人間がいる時代の人里近くに落ちた子どもは、意外にその時代に適応したりしていたし、逆に人里に保護されても水や食べ物が合わずに死んでいったりもした。悪いときには現地民の方が悪い菌か病気をもらってしまったらしく、集落がなくなったりもした。
寝覚めは悪いが仕方がない。それぞれに介入するわけにもいかない。見守るくらいしかできないから、やっぱり俺は神様なんてものから程遠い存在だ。まあ、本物の神様が何かしてくれた記憶は俺にはないけれど。
それよりも深刻だったことがある。
「また、ここもかー……」
ぐるんぐるんと渦巻いている宙の穴を眺めながら溜め息を吐く。溜め息くらい吐いても罰は当たらないと思う。これは時空の穴だ。裂け目、と言った方が正しいかも。俺ならともかく、適性のある人間がついうっかり落ちてしまったら、どこに放り出されるかわからない。そういう危ない落とし穴だ。
こうしてはっきり視認できる人間は、俺の他に何人いるだろう。
あれ以来、こんな穴があっちこっちの時代のあっちこっちの場所に現れるようになってしまった。幸いなことに人ってもんは、割と危機察知に優れていて、そういう穴の周りには近づかない。神域とか神隠しが起きる森とか、適当な名前をつけて大量失踪が起きないようにしている。
こういう裂け目ができることは、初めてではない。タイムトラベルに憧れる人間というのは、いつの時代にもいるもので、結構そういうヤツらの失敗作が遺ったりする。そういう穴を修繕して回るのも、そろそろ万に届きそうな年月、俺の仕事だった。でも、今回のコレは無理だ。
「過去のデータにない穴は直せないんだよな、俺……」
基礎はできても応用がさっぱりな俺に、原因不明の穴への対処はちょっと厳しい。俺が一番得意なのは何を隠そう力技だ。無理矢理テクスチャを伸ばして、安全ピンで繋ぎとめて、何もなかったかのように見せかける。それくらいの荒業が出来てしまうから、学ばないんだよな。困ったことに。
基礎の基礎として縫合自体はできるのだが、いかんせん、今回は原因がわからない。千切れた空の端っこがよくわからない物質に変わってしまっているせいで、上手いこといかないのだ。ほら、あれ、だって見知った布地だったら針と糸を通しても大丈夫だな、ってわかるけども、造りも原材料もわからないものに針をぶっ刺していいかはわからないだろ。正絹の織物に素人が針を入れるか。入れない、入れない。そんな怖い。
「仕方ない」
ちょっとズルをするか。
適当な座標軸に飛んでみると、そこは見知らぬ土地だった。
まあ、俺の体感年数より未来だから当たり前だ。どんなパラドクスに巻き込まれるかわからないので、未来渡航は滅多にしないんだけども。俺ができるズルというのは、こういうズルだから致し方がない。
人類史がちゃんと未来にまで続いているということは、人類はあの穴をちゃんと修繕できたということだ。となれば、それを解析して対処した人間がいるはず。その知識をちょろっと拝借するという、ズルい真似だ。ひとりであの穴を一からどうにかする手立てが考え付かないので、許してもらいたい。ほら、過去以上に何もしないよう気を付けるからさぁ。時空の番人だって、これで大変なんだってば。
するっと姿を誤魔化して町に馴染んでしまえば、そうそう見つからない。見つかっても過去に逃げればいいだけだ。どうしようかな。髪は金髪でいいか。服装は適当に周りの人間に合わせて変える。関所とかターミナルとか保安検査とかは、俺にはあまり関係ない。まあ、その時代に長居する場合にはちゃんと気にするけども。
足元がふわふわする感覚がするから、たぶん、地球ではないどこかだと思う。俺の移動できる時空というのは地球ではなく、人類に縛られているので、極論、人が記録しているところならどこへでも行ける。なるたけ先の方角には行きたくないだけで。だって、うっかり未来とか変えちゃったらまずいし、怖い。
見知らぬ土地だが、ちゃんと緑があって集落がある。空港もターミナルもありそうだな。官憲もいるだろうから、見つからないうちにさっさと用事を済ませるに限る。
幸いにもその町にある図書館は、若干、古めかしいものだったようで、俺でも扱える端末を備えていた。さすがに紙の書籍はなかった。元が羊皮紙の時代の人間だからなぁ。苦労する。見た目、若作りしててもジジィなんだよ。
馴れない端末を前に四苦八苦して情報を拾っているときだった。
「その調べ物なら、もう半世紀前の論文のが解りやすいぜ」
黙々と字面を追っていた目を止める。振り返ると綺麗なパーツをした男がいた。銀色の髪がふわふわ揺れて、琥珀より少し沈んだ飴玉みたいな目をした男だ。ぱちり、と瞬きをする。目の奥が痛い。〝眼〟が反応するということは、ちょっと普通じゃないものを見たときだ。男が時間の秘密警察とかでなければいいんだけど。
「半世紀?」
「ほら、こっち」
俺より遥かに手馴れた手つきで、男が端末を操作する。かちかちと画面が瞬いて論文名がずらりと並ぶ。男は迷いなくその中からひとつを選んでキーを叩いた。
「これと、あと引用先の論文も読んで置いた方がいいか。ワームホール理論の基礎なら、それだけで理解が追いつくと思うけど」
「……動力源とか、航行の装置とかは」
「ああ、そっちが知りたいのか。じゃあ、これだ」
男がまた端末を操作して、別の論文を画面に映し出す。
ふむ、なるほど、わからん。仕方ないだろ、俺は天才でも秀才でもないから手が届く範囲の言語形態を憶えるので手一杯なんだ。ちょっとずつ、古い手持ちの辞書を片手に時間をかけて読み解いていくしかない。どんな言語も読める魔法なんて存在しない。読めそうなヤツなら知ってるけど。
「必要なら翻訳するけど?」
「いや、いいよ。何とかする」
「何とかするって。なあ、あんた、俺たちが今、何語で喋ってるか自覚ある?」
――……あ。やっべ。
「これ、かなり古い言語だぞ。周りの連中は俺たちが何を喋ってるか、全っ然、わかんないくらいのさ」
「あー……」
これだから未来には来たくないんだよなぁ。未だに忘れていない声が、頭の中で「あんたは詰めが甘いの。何とかできないの?」と大層、容赦ない言葉で責めてくる。いやいや、どうにもできないもんはできないの。お前と違って。
脳内でありもしない会話をしているうちに、男にぐっと肩を掴まれた。
「なあ、あんたって白と青の花畑って出せる?」
「え」
そう囁かれたので、真面に正面から男の顔を見た。
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